HOME よみもの 波佐見の人 窯元探訪【利左ェ門窯】武村博昭さん vol.7 土から生まれる色、質感、表情。 2021.01.01 窯元探訪【利左ェ門窯】武村博昭さん vol.7 土から生まれる色、質感、表情。 by Hasami Life 編集部 波佐見町には全部で59つの窯元があります。そして小さな町の至るところに、波佐見焼と真摯に向き合う「人」が存在します。このシリーズでは、窯元を順番に尋ね、器づくりについてはもちろん、ふだんは見られないプライベートな顔までをご紹介します。 ※記事内で紹介する商品の中には、Hasami Lifeで取り扱いのないものもございます。利左ェ門窯さんのオンラインストア等も併せてご確認ください。 磁器(石もの)をつくる窯元が多い波佐見町で、陶器(土もの)を手がけている「利左ェ門窯(りざえもん)窯」さん。分業制ではなく自社で生地づくりから一貫生産を行う、町内では珍しい窯元でもあります。 今回は主に商品開発を担当する専務・武村博昭(たけむら ひろあき)さんにお話を伺いました。歴史をひもとくと、現在の和洋折衷の食器が生まれた背景や、独特のニュアンスの色味を出せる理由を知ることができました。 写真右が博昭さん。左が13代目の武村裕宣(たけむら ひろのり)さん。ふたつ歳の差兄弟で、兄・裕宣さんが36歳、弟・博昭さんが34歳のときに代替に。それから約20年、兄が経営を、弟が商品開発を担い、今に至る。 初代・利左ェ門から続く歴史。 ――:武村家はずっと窯業に携わってきて、今、博昭さんのお兄さまが13代目なのですよね。初代はいったいどんな方だったのでしょう? 博昭:武村家の初代は、江戸中期に波佐見で窯業の要職に就いていた“武村利左ェ門”です。 初代を探し当てたのは私たちの親父なんです。代々住んでいた中尾山の祠(ほこら)にあった石碑から突きとめたと言っていました。そこから1968年に親父自身が窯を創業するときに「利左ェ門窯」と命名したんですよ。 陶磁器が江戸時代のころから盛んにつくられていた、陶郷中尾山。 ――:祠から……! 歴史がありますね。江戸中期から現在まで、13代に渡って焼きものを続けるのは大変だったのではないでしょうか。 博昭:代々窯業に関わってきた一族ですけど、紆余曲折、波がありましたよ。ここ数十年だけを見ても、武村家で営んできた窯が一回つぶれてますからね。親父たちの代のときに。 ――:つぶれたのはどんな窯元だったんですか? 博昭:豊楽窯(ほうらくがま)といって、うちの親父の兄が経営してました。私は生まれる前のことで詳しく知らないんですが、従業員が200人くらいいる、大きい窯元だったみたいですよ。でも、その豊楽窯が中尾山から降りて新しい窯をつくったら、不窯(ふがま)を連発してしまった。 ――:不窯とはなんでしょう? 博昭:つまり、焼き損じが多かったの。大きな窯にいっぱい焼きものを入れて焼いて、それがダメになってしまったら……もう相当な損害ですよ。うちの親父も豊楽窯の社長だった兄の加勢をしたんだけど、倒産してしまった。 そのあとうちの親父、武村全郎(たけむら たけお)が利左ェ門窯を創業しました。 ――:お父さまの全郎さんがはじめた利左ェ門窯では、磁器ではなく陶器をつくっていますよね。豊楽窯でも陶器がメインだったんですか? 陶器(写真左)は土からできており、素朴でざらっとした質感のものが多い。対して磁器(写真右)は石からできており、比較的つるんとした質感。高台(器の台の部分)の底をさわるとわかりやすい。陶器と磁器についてはこちら https://hasamilife.com/blogs/bowl-technique/the-hasami-yaki-vol-2 の記事もどうぞ。 博昭:いや、磁器を焼いてましたよ。陶器を選んだのも、うちの親父の戦略ですね。豊楽窯で失敗したから磁器はつくらなかった、というのもあると思います。でもそれだけじゃない。 親父はうちの家系の歴史のほかに、波佐見を含む肥前地区の焼きものの歴史も調べてたんですよ。今や磁器の製造が多くをしめる肥前地区も、磁器の前は陶器を、いわゆる唐津焼をつくっていた土地。そういう歴史を踏まえて、親父が陶器を選びました。磁器を生産するほかの窯元と差別化もできると考えたのでしょう。そこがスタートです。 ――:博昭さんのお父さま、すごいですね。武村家と肥前地区、両方の歴史を調べて、すべて踏まえた上でほかの窯元と差別化も考えて、陶器をつくると決めた。 博昭:そうそう。借金もあってマイナスからのスタートだったけど、うちの親父のバイタリティーはすごかったです。貧しかったときから、めっちゃ頑張り屋でした。休みは、正月の元日だけ。あとは364日ずっと働いてました。……今思い出しても、ものすごかったね。 ――:お父さまの姿を見てきたから、現在の利左ェ門窯も、一貫生産による陶器で勝負するスタイルを貫いているのでしょうか。 博昭:はい。そこで勝負して頑張ってます。一貫生産のスタイルは守りながらも、新しい商品の開発は常に行っています。私はどんな焼きものをつくろうか考えるのが楽しくて、たまに趣味に走ってしまったりもするんですけど(笑)。 ――:デザインや商品開発は、博昭さんがメインでされているんですよね。 博昭:ほとんど私がしてます。親父から跡を継ぐときに、兄貴が経営、私は開発って役割を分けたんです。デザインして生地をつくる、そういう手仕事が私には向いてたんでしょうね。 ――:では、お兄さまは数字に強いんですか? 博昭:そう、めちゃめちゃ強いのよ〜! シビアに数字を見られる人がいないとね。頼りになります。 茶道具から和洋折衷の食器へ。 ――:磁器と比べて、陶器の魅力はどんなところですか? 博昭:温かみと味わいがありますよね。なんか、ほっとする。素朴で自然を感じるところが、自分に合ってるのかもねえ。土はいいです。磁器には磁器のよさがありますけどね。 お客さまが利左ェ門窯の陶器と、他社の磁器の波佐見焼と合わせて使っているのを見るのも、新しい組み合わせの発見があっておもしろいのだそう。こちらはメインディッシュのお皿に「霧鎬(きりしのぎ)」シリーズのプレートを使用してHasami Life 編集部で撮影したもの。 ――:利左ェ門窯さんでは昔は陶器の中でも、とくに茶道具をつくっていたと聞きました。 博昭:親父の代のときは茶道具がメイン。今もつくってますよ。親父はお茶を習ってたわけじゃないんだけど、美術品が好きで目利きでした。私もお茶は好き。抹茶碗ひとつとっても、夏用の平たく冷めやすいつくりの抹茶碗もあれば、冬用の深さと厚みのある冷めにくい抹茶茶碗もあります。あなたは抹茶は好きですか? ――:抹茶は好きです。作法はわからないですけど。 博昭:作法も、今はガチガチになってますからねえ。かの千利休はもっとこう、ラフに楽しむものとして考えてたと思うんですよ。お茶をおいしく飲むのが、本当は一番大切だものね。 ――:博昭さん自身はお茶を習ったことはありますか? 博昭:ないですけど、勉強はしてますよ。"お茶事(おちゃじ)"に行ったことありますか? 本物のお茶は、懐石からはじまります。おいしい懐石を食べてちょっとお酒をのんで、最後にお茶を飲むんです。ろうそくの火を灯して、いい雰囲気の中でね。そういう「本物」を知ることで、茶道具をつくったりお客さまと話したりするのに必要な知識は自然と頭に入ってきます。 ――:それがお茶事……知りませんでした。ろうそくの火がある中でみると、また器の雰囲気も違いますよね。茶道具のほかに、一般向けの食器をつくりはじめたのは、いつごろだったんですか? 博昭:30年以上前になるかな。茶道具から広がって、次第に旅館や割烹の器や、一般家庭で使われるものもつくるようになりました。 旅館や割烹などで使われている器の一部。 ――:和食からの流れで現在のような普段使いの器づくりに至るとのことですが、利左ェ門窯さんの器は洋食とも合いますよね。実際に使ってみて、そう感じました。 博昭:おお、そうなんです。よくお客さまからも言われます。「家で使ってみたら、和と洋どちらの料理にも合います」って。今の利左ェ門は、和洋折衷の焼きものなんですよ。 "木賊(とくさ)"という伝統的な柄をアレンジして、ストライプのような雰囲気に仕上げたシリーズ。博昭さんデザインで、洋食にも合う一枚(写真のパスタは食品サンプル)。 土と釉薬、色の魔法。 ――:利左ェ門窯さんの最大の魅力はなにか。多くの波佐見焼を扱う地元の商社・西海陶器の営業さんからは「とにかく土の扱いが抜群にうまい」と聞きました。 博昭:うちは日本各地のいろんな土をブレンドして、オリジナルの生地をつくるからね。そこで勝負してます。扱う土の種類も多い。土のブレンドの可能性は無限大。ひとつの組み合わせでも土の比率を変えていくと、ぜんぶ変わってくる。日々研究して混ぜて……これが楽しくてね。 栗田:土を混ぜるのが、そんなにも楽しいですか。 博昭:自分でもこんなに没頭して、アホだなぁって思うねえ。「あれもできる、これもできる。この土にブルーの釉薬を使ったらきっとこんな感じになる」ってずっと考えてます。たとえばこれも、黒土を使っているから、この色、この表情が出るんですよ。 ブルーの釉薬が少し溶け落ちて、黒土の色がアクセントに。爽やかで引き締まった印象の一品。釉薬と土の色が合わさってグラデーションが生まれる。釉薬とは、陶磁器の表面をおおうガラス質の部分。釉薬については、 https://hasamilife.com/blogs/bowl-technique/the-hasami-yaki-vol-6で特集。 ――:器の色の違いは、ほとんど表面にかけられた釉薬の色の違いだと思ってました。けれど釉薬の下、土の配合を変えることで、色が変わるんですね。 博昭:ほかの窯元だったら釉薬を変えるんだろうけど、利左ェ門は土を変えていく。同じブルーの釉薬でも、さっきの黒土ではなくグレーの土を使うと表情が変わるんですよ。 同じ釉薬でもブルーの発色の仕方が微妙に異なり、グレーの土の色と相まって、より自然な雰囲気。その雰囲気を生かすため、形状や彫り方も変えている。 ――:同じ釉薬を使っていても、土の差だけで本当に雰囲気が変わりますね。すごくおもしろいです。 博昭:そうでしょ、おもしろいでしょう。たとえば、さっきの黒土はブルーとのグラデーションがよかったけど、こんな黒土の使い方もあります。黒がぐっと引き立って、深みがあるでしょう? 釉薬がかかっていない、高台(器の台の部分)まで全てが黒い。 ――:確かに、吸い込まれそうなほどの濃い黒さです。 博昭:そうでしょ。土の使い方で、色のニュアンスや器の表情を変えているんです。そういうところは、うちは巧いです。なかなか真似できないんじゃないでしょうか。土に秘密があること、ばらしちゃったかな(笑)。 ――:すごい技術です。ちなみに利左ェ門窯さんで、今人気の商品はどちらですか? 博昭:「蒼鎬(あおしのぎ)」でしょうか。ブルーの発色がきれいでしょう? 自分の頭の中で、土と釉薬の色のイメージがピタッと合いました。うれしい発見でしたね。 縁をカンナで手彫りすることで、グレーの土の上品さが引き立つ「蒼鎬」シリーズ。販売は利左ェ門窯のオンラインショップや波佐見町のギャラリーなどにて。 ――:頭の中でそれほど精度の高いシュミレーションをされてるんですか? 博昭:いろいろな土と釉薬のデータが頭の中に入っているから、「この土をこんな風にブレンドして、この釉薬をかけ合わせたら、この色になる」とわかるんです。これまで30年、ずっとテストを繰り返してきてますからね。経験値でわかる。そのぶん、失敗もたくさんしてますよ(笑)! ――:この土と釉薬の組み合わせを発見したとき、どんな気持ちでしたか? 博昭:いいものができるだろうなと思ってはいたけど、実際に焼きあがったのを見たら「これはいける」って確信しました。実際にはじめて展示会に出したときにも人気だったんですよ。それからうちの売れ筋商品です。 ――:Hasami Life では「蒼鎬」の別バーション「霧鎬(きりしのぎ)」を販売していますが、とても好評です。 博昭:「霧鎬」も売れていますよね。ブルーグレーの色がまた品があっていいでしょう? 「蒼鎬」の兄弟バージョンとして生まれた「霧鎬」シリーズ。波佐見町の商社・西海陶器でのみ取り扱っている。Hasami Life ではこの「霧鎬」を販売中。 ――:どんなイメージでつくられたのですか? 博昭:その名の通り「霧」から着想した、独特のニュアンスのある色味なんです。霧って不穏なものとして考える人もいますけど、私にとっては違います。山の中で、濃い霧に包まれているときの静けさは、神秘的。なんとも言えず、いいです。「霧鎬」は「蒼鎬」よりもちょっとかっこよく、スタイリッシュに仕上がりましたね。 【利左ェ門窯】 長崎県東彼杵郡波佐見町稗木場郷548-3 0956-85-4716 ●公式サイト http://www.rizaemon.jp/index.html ●オンラインストア https://rizaemon.jp/shop/html/ ●Instagram https://www.instagram.com/rizaemongama/ 次回は、博昭さんが思う職人と作家の違い、波佐見焼400年の歴史の先につくりたいもの をお聞きします。 ¥0 ¥0 ¥0 ¥0 ¥0 ¥0 ¥0 ¥0 Tweet 前の記事へ 一覧へ戻る 次の記事へ Hasami Life 編集部 この記事を書いた人 Hasami Life 編集部 関連記事 2023.10.06 窯元探訪【丹心窯】vol.29 長﨑忠義『白磁ひとすじ、表情が変わる焼きものを。』 窯元探訪『丹心窯(たんしんがま)』後編の公開です。水晶彫の歴史を深掘りし、秘伝のレシピから生まれる唯一無二の焼きものの秘密に迫ります。「透明になる素材は、自社で複数の材料をブレンドして作っています。先代から受け継いだ秘伝のレシピは、未だにわたししか知りません」 2023.09.29 窯元探訪【丹心窯】vol.28 長﨑忠義『水晶彫の秘密。』 波佐見には、町の至るところに波佐見焼と真摯に向き合う「人」が存在します。今回、おじゃましたのは、佐賀県武雄市との県境にある波佐見町小樽郷に窯を構える『丹心窯(たんしんがま)』さん。まるでジュエリーのような輝きを放つ、唯一無二の美しい波佐見焼、その手仕事の秘密に迫ります。 2023.09.22 窯元の火を止めるな! 技術と雇用をつなぐ、波佐見焼企業のM&Aに迫ります。 後継者不在を理由に事業をたたむケースも増えているなかで、窯元の高山陶器(現・株式会社高山)と、商社である西海陶器株式会社はどうやって事業承継に結びついたのか。その先にどんな未来を見据えているのか。 新旧の社長に話を聞きました。
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