波佐見に行ったら、まずここへ!vol.3

by Hasami Life編集部
波佐見に行ったら、まずここへ!vol.3

波佐見町へやってきたら、訪れてほしい『場所』がある。初めての人はもちろん、2度目の人でもたのしめる、とっておきのスポット。

グリーンツーリズムからスタートした観光の歴史のほか、“ここへ来れば、波佐見のことがわかる!”といわれる「文化の陶 四季舎」。館長の畑中さんに聞く波佐見のいま&波佐見のむかし話、最終回です。


畑中さん(以下、畑中) ここが焼きもの工場の跡地だって話しましたでしょ? この周辺はほとんど、窯の跡の埋め立て地です。掘り起こしたら、石膏の型、素焼きの型、窯の残り材がボロボロ出てくるんですよ。

―― 波佐見では珍しいことではないんですか?

畑中  珍しくはないですよ。特に中尾は波佐見焼の発祥の地なんですよね。つまり、石が取れた場所なんです。近くには、世界最大級ののぼり窯がもあります。川が流れて、水車があって、水を引っ張ってきて、土を作ってたんですね。昔のろくろは、足で蹴って回す「蹴ろくろ」でしたが、急須でも、土瓶でも、蹴ろくろで作って焼いていましたよ。今は全部、型で作りますよね。

―― 波佐見焼の作り方も違ったんですね。

畑中  400年前は電気もないし、車もないし、動力もないよ。1人か2人しか通れんような小さな道ばかりでした。このあたりはのぼり窯があったから、昔からそれほど風景は変わりませんが、寄り集まって仕事をしとったんでしょうね。のぼり窯をつかうときは、長(おさ)がおらんば、まとめられんですよ。だって36室あって、36件の窯元が共同作業をするんですから。

今でも「寄り集まって何かをする」っていうのは、この辺の常じゃないですかね。

建物に残っていた昔の写真。女中さんがいる大きな窯元だったそうです。

 

――    印象に残っている光景はありますか? 

畑中   ガス窯に変わってからは、毎日焼くから、それだけ生産量が多くなったんですね。生地屋さんがものすごーく増えたんですよ。大量生産ができるようになったもんだから、結婚式の引き出ものなどで引っ張りだこ。一時期、もうすごかったですよ。窯から引っ張り出して、すぐに包装して。だって間に合わんもんだから。窯を開けるのを、商社が並んで順番待ちして奪い合うように取ってましたよ。

 

――    すごい光景ですね。そういえば、畑中さんのご出身は中尾ですか?

生まれは、富山の飛騨高山なんですよ。女房の出身はここ、中尾。

 

――    中尾へはいつやって来たんですか?

畑中  昭和39年。実家は商人だったんです。窯元もあったんですけど、私は商人担当でした。波佐見へは営業の仕方とか、焼きものができるまでとかを勉強しに、いや、盗みに来たんですよ。それで、西海陶器さんの先代に雇われて、2年ぐらいお世話になりました。

そのまま、ずっと波佐見に。その間に結婚もしたんですよ。

 

四季舎の中に入ると、中央にどっしりと佇む囲炉裏。「グリーンツーリズムの仲間で囲むために作ったんですよ(笑)」と畑中さん。

 

――    グリーンツーリズムの活動はどのようなものだったんですか?

畑中  豆腐作り体験、味噌作り体験、梅干し作り体験のほか、観光に来てもらうためにいろんなことをしたんですよ。絵付けや手びねりも、私がここで教えてたんですけど、他のところでもどんどんできるようになったもんだから、今はここでしなくてもいいようになったんですよ。

 

昔は窯元もお客様を受け入れなかったんですよ。一生懸命やってるところに人が来たら、集中力がもたなくって生産量が落ちるから。卸屋さんも玄関でシャットアウトして、一見客はお断りしますって。お店を開いて直接売ろうなんて概念がなかったんですね。今は、全国各地から波佐見焼を見にくる。

 

――    時代は変わりましたね。

畑中  食事をしに来られた方に「あっちに行きたい」「こんなのがほしい」「これはどこの?」って聞かれることも多いんです。ここで休憩をして、また焼きものを探しに行かれる。だから、帰られるときは「いってらっしゃい」っていうんです。

「せっかく来ていただいたからには、わたしも波佐見のこともお話しせんばと思ってます」と畑中さん。

 

――    現在、東京西海の代表をしている方も、畑中さんによくしてもらったのがきっかけで波佐見が好きになったと伺いました。 

畑中  タマのことですね。タマは本当に突然あらわれたんですよ(笑)

 

――    よかったら、詳しくお話を聞かせてください。 

畑中  タマは当時20代の後半の女の子でした。東京の大学を卒業してすぐ屋久島に行き、山岳ガイドやってたんです。オフシーズンの時は、日本中を旅していたようで。あっちこっち旅してた時にたまたま読んだ小説に書いてあった、長崎県平戸市へ立ち寄ったそうです。そこで見た観光マップか何かに四季舎が載ってたみたいなんですね。

 

――    それでやってきた。

畑中  ここは電車もなければ、タクシーでもなかなか来れる場所じゃないから、どうやっても行けないなと思っていたみたいなのですが。たまたま、宿で間違えてタマの部屋を開けちゃった社長さんが申し訳ないということで、連れてきてくれたと。

 

――    すごい話ですね(笑)

畑中  それからは年に3回くらいは遊びに来るようになりました。

ある時「屋久島でピザを焼きたい!」と言い出して。今の西の原にたまたま買ったばっかりの使っていない窯があったんですよ。それをタマと2人で外して、トラックに積んで屋久島まで行って、上手に窯ば作りました。

この階段を上がると、畑中さんご夫妻が笑顔で迎えてくれる。

 

――    タマさんの行動力も、畑中さんの協力体制もすごい! 

畑中  そんなことをしよったら、ここでお手伝いしよった時に西海陶器の会長さんに会ったみたいで。気がついたら、西海陶器に就職してた(笑)

 

今は東京にある東京西海にいますが、波佐見に来たときにの宿はわたしたちの家ですね。

――    波佐見のお父さんとお母さんですね!

 

畑中  タマがわりかしなついてきたもんね(笑)

都会の人は、波佐見に来ると、ほっとするでしょ? 特に中尾は景色もいいしね。自然が1番きれいだから。ここの店よりもっと向こうの山道へ行くと、もう1箇所、波佐見の景色を見下ろせる場所あるんですよ。あっちから見ると町全体が見えて、こっちから見るとのぼり窯が見える。2つの展望所ですね。

 

――    桜も見事ですよね。 

畑中  50年ぐらい前に植えられた桜です。グラウンドのとこにも桜がいっぱいあるんですけど、そこも同じぐらいの年数かな。

中尾山の美しい桜には、訪れた人の心をつかんで離さない魅力が溢れている。

 

初めてやってきた人がね、ここからの景色を眺めるじゃないですか。そしたら急に顔がぱーっと明るくなって、「なんか不思議な景色、とってもいいんです!」とか、たくさん言われるんですよ。住んでいるとわからない。だって35年、ここに住んどるから(笑)。中尾も、若い人がもっときて、子ども達が増えてくれれば嬉しいんだけどなあ。



畑中さん、どうもありがとうございました! 次回は、畑中さんのお話にもあったいま、話題の観光スポット「西の原」を巡ります。

(つづきます)



文化の陶  四季舎

長崎県東彼杵郡波佐見町中尾郷660
0956-27-6051

営業時間  10001500
定休日 水曜・お盆・年末年始

この記事を書いた人
Hasami Life編集部