HOME よみもの 波佐見の人 茶碗を選ぶ、旅がはじまる。長崎・大村湾を一望できる「さいとう宿場」の朝ごはん。 2023.05.26 茶碗を選ぶ、旅がはじまる。長崎・大村湾を一望できる「さいとう宿場」の朝ごはん。 by 中川晃輔 「わたしにとっては、器は料理を出すためだけのものじゃないかな」 カラッとした明るい声でそう話すのは、さいとう宿場の女将・齊藤晶子さん。 東京から長崎・東彼杵町へ夫婦で移住し、2019年にさいとう宿場をオープン。大村湾を一望する宿で、数々の旅人たちをもてなしてきました。 お茶摘みの手伝いにきた人、釣りやカヤックに夢中な人、のんびりワーケーションしにくる人、ハウステンボスへ出かける人など。旅の目的も、出身や国籍も、さまざまな人たちが日々やってきます。 そのなかでも最近は、「波佐見に行ってみたくて」という人が多いそう。 波佐見町内までは、宿から車で30分ほど。長崎空港と波佐見のちょうど中間地点に位置していることもあって、焼きもの好きな人たちの旅の拠点に選ばれています。 ただ、理由はそれだけではありません。どうやら、さいとう宿場に泊まると、波佐見を旅してみたくなるようなのです。 一体なぜなのか。東彼杵町在住のライター・中川が話を聞きに行ってきました。 *** ――: あっこさん(まちのみんなは晶子さんをこう呼んでいます)、おはようございます! 晶子: やほ〜。取材ってなんか新鮮だね。で、今日はどういう話なんだっけ? ――: これまでのHasamiLifeは、波佐見焼のつくり手のみなさんにインタビューする機会が多かったんですが、器をお仕事や生活に取り入れている方々の話も聞いてみたくて。 さいとう宿場では、波佐見焼のサブスクサービス「KIGAE」を利用していますよね。しかも、朝食のお茶碗を自分で選べるのが印象的で。器がひとつのキーアイテムになっているのかな、と前々から思っていました。 今日はあっこさんにとっての器と旅と宿、そのあたりの話をいろいろと聞かせてもらいたいと思っています。 晶子: はーい。よろしくお願いします。 齊藤晶子(さいとう あきこ)さん。通称あっこさん。さいとう宿場を営みながら、町内のカフェでも働いたり、畑で野菜を育てたり、休日は飲み屋のカウンターに現れたり。地元の人以上に地元をよく知っていて、なんでも教えてくれる。(けど、たまにあやふやな情報も混ざっている) ――: まずはこの宿のはじまりから今に至るまで、器にまつわる話を中心に聞きたいです。 晶子: 2016年に夫婦で東京から移住してきました。 もともとここは「恵比須屋御旅館」って宿で。当時はすでに閉まってたから、いい物件だなと思って狙ってたんだよね。観光スポットの千綿駅から近いし、海も一望できる。こんなロケーションはまずないよねって。 ドミトリールーム「月光」からの眺め。大村湾に沈む夕日もきれいに見える。 晶子: それから居抜きの状態で借りられることになって、1年かけて掃除して、宿をオープンしたのが2019年の8月かな。 その片付けをしてるときにガラスのショーケースが出てきて。そこに波佐見の器を置きたいと思ってたのね。 ――: あの隅っこにあるケースですね。 晶子: そうそう。でも困ったのは、あまりものを増やしたくなくて。それに、買ったら器の種類が固定化されちゃうじゃない? どうしようかなと思ってるときにKIGAEを知って、うわー!と思って。 ※ KIGAEとは 月額550円で波佐見焼を最大50点までレンタルできるサブスクリプションサービス。波佐見有田IC近くの拠点「KIGAE PLACE」を訪ねて、月に一度まで器の交換も可能。窯元の倉庫に眠る在庫やデッドストック、テストピースなどを活用し、廃棄を減らすことにもつなげている。 晶子: 運営しているDJ MARKさんが知り合いだったから、めちゃめちゃ使いたいです!って話したら、運よくサービスのモニターに選んでもらって。それから導入しています。 ――: 宴会で使えるような大皿から、子ども用のセット、急須や湯呑みも。いろいろと揃っていますね。 晶子: 50個も選べるからね。いろんなシチュエーションで使えておもしろいよ。 ――: 朝ごはんのお茶碗をお客さんに選んでもらう、というのもユニークな取り組みだと思います。これはどんな発想ではじめたんですか? 晶子: たとえば、友だち同士で泊まってたら、「え、それ? こっち選ぶと思ってた」みたいな。そこでちょっとしたコミュニケーションが生まれて、楽しい雰囲気で一日がはじまるのはいいなと思ったのね。 お茶碗選びを楽しむ筆者の友人たち。 ――: 朝からちょっとテンションが上がりますね。 晶子: ごはんを出すだけだと一方通行だけど、選んでもらうことで、相手のことが少しわかるんだよ。 ――: 相手のことがわかる? 晶子: じっくり悩んで決める人もいるし、直感で決めるお客さんもいる。手前のやつをパッと手に取る人は、言い方はよくないけど、あまりこだわりがないんだろうなとか(笑)。器に興味があるかどうかだけじゃなくて、どんな人なのかも、なんとなくわかる。 話すきっかけがほしいと思ってるお客さんにとっては、言葉じゃなくて行動で出せるのは楽だよね。 ――: ああ、たしかに。ゲストハウスって、オーナーさんと話すのを楽しみに訪れる人も多いですもんね。 それに、身近な産地である波佐見のことを知ってもらうきっかけにもなりそうです。 晶子: そうそう。気に入るお茶碗があれば、波佐見に行って買って帰ることもできるし。そんな流れができたら、宿も産地もお客さんも、みんなにとっていいんじゃないかなって。 晶子: わたし自身、KIGAEで使ってみたのがきっかけで、太一窯の器がむっちゃ気に入っちゃったの。すっかりファンになって、桜陶祭で爆買いするっていう。まんまとKIGAEの狙い通りの動きをしてる(笑)。 筒山太一窯の「窯元探訪」記事はこちら。 晶子: あそこのガラスケースに好きな器が並んでるってだけで、自分のテンションも上がるんだよね。超〜幸せ。 ――: もともと器は好きだったんですか? 晶子: まず食べるのが好き。東京にいたころは外食も多かったし、しょっちゅう飲み歩いてた。 こっちに引っ越してきてからは、波佐見にしろ有田にしろ、器に触れる機会が増えたから。興味も自然と高くなってきた気はする。 あとは、自分がつくる料理に合わせて、ほしいものも見えてくるよね。 ――: 宴会で皿うどんを出すなら大皿が必要だな、とか。 晶子: そうそう。前に陶芸を習ってたんだけど、そのきっかけは、ワインを3本入れられるようなでっかいワインクーラーがほしくて。そんなの、買ったらいいお値段するじゃない? だから自分でつくろうって。 20代のころにつくったものも、まだ使ってるよ。 その前は彫金もやったし、ガラスもやったな。手を動かしてるときの、無になる時間が楽しいんだよね。 あっこさんが自分でつくったものたち。「つくるのはガラスが一番おもしろかったかな。彫金は、細かすぎるからもうやりたくない」(あっこさん)。 ――: 料理して、食卓で器を使って、ないなら自分でつくる。それを使って、次のほしいものが出てきて。 そんなサイクルを自分の力で回せるようになったら、いつまでも楽しめそうですね。あっこさんが宿をやっているのも、その延長線上のことのように感じます。 晶子: 宿にしたのも、飲んで帰らなくていい場所をただつくりたかっただけだから、言えてるかも(笑)。ほしいものがあって、自分につくれるチャンスがあるなら、つくってみようっていうのが基本のスタンスだね。 棚には焼酎がずらり。「酒器をもっと充実させても楽しいよね。今は宿泊プランとしては朝食だけだからお茶碗メインだけど、おちょこをカゴにたくさん入れて『好きなの選んでください』とか、やりたいな」(あっこさん)。 晶子: そもそもやりたかったことで言うと、旅のコンシェルジュになりたかったのよ。ここが観光案内所になればいいと思って。 ――: 観光案内所。 晶子: 旅の満足度って、体験で変わるじゃない? その体験のひとつが食であり、器を使うことであり、買いものであり。その要素を一つひとつつないで、周遊することで満足度って上がっていくと思う。 朝食の味噌汁が気に入ったら、「大渡商店」って味噌屋さんも近くにあるし、彼杵茶をここで飲んで買いたいなって思ったら「sorriso riso」に行けばいい。器だったら波佐見も30分で行けるしね。 ――: 宿って、その土地を知るための拠点になりますよね。ぼくも移住を検討するなかで、さいとう宿場に1週間滞在させてもらって、誰一人知り合いのいなかったまちのことをいろいろ教えていただきました。 ガイドブックやWeb上の情報もいいけれど、やっぱりその土地の人に直接聞きたい、という気持ちがあります。 晶子: そうだね。ただ宿に泊まってよかった、じゃなくて。 「まつうら(さいとう宿場の近所の居酒屋)」に行ったお客さんが、楽しくて帰ってこないとか、めちゃめちゃ奢ってもらって、とか。千綿駅で記念写真を撮ってあげたら、拡散してくれて、また来る人が増えるとか。その循環がうまくまわっていくのが一番楽しい。 周遊促進のために、最近リストバンドもつくったんだよ。これからこんなお客さん行くからよろしくね、っていうのを見える化しようと思って。 ――: いいなあ。あっこさんがやっていることって、まさに旅のコンシェルジュですね。 晶子: ただしゃべりたいだけなのかもしれないな。網をこう広げている感じ。 そこにおもしろい人が来てくれたら楽しいし、喜んでもらえたらうれしい。自分から旅に出かけていくのも楽しいけど、旅に行かなくてもいろんな人と知り合えるのは、わたしが宿をやってる一番の醍醐味だね。 *** インタビューの後日、あらためてさいとう宿場の朝ごはんをいただくことに。 お茶碗は、普段自分があまり選ばないタイプのものを手に取ってみました。日常使いを想定するとためらってしまいがちなものを、ここでなら気軽に試せるのもうれしいポイントです。 季節の山菜や山椒を取り入れたおかずと、具だくさんのお味噌汁。そのぎ茶の抹茶塩をふりかけたご飯。 手をかけてつくられたごはんは、朝のまだ気だるい体にじわーっと染み込んできます。箸を進めつつの、あっこさんとのおしゃべりも楽しいひととき。 「今日このあとの予定は?」と、あっこさんは必ず聞いてくれます。 出かける先で、今の季節、どんな楽しみ方があるか。いろいろな情報を教えてくれるのですが、ぼくが好きなのは、あっこさんが超主観でおすすめしてくれるところ。「陶器まつり、めっちゃ楽しいから行ったほうがいいよ!」「器めぐりして、あそこでごはん食べて、温泉入って…」と、まるで自分も一緒に出かけるかのように、旅のプランを考えてくれます。 波佐見へお出かけの際は、ぜひさいとう宿場をひとつの拠点にしてみてください。思いがけず広がっていく旅の楽しみが、ここにはあります。 ▼さいとう宿場 Webサイト https://www.saito-syukuba.com/ ▼くじらの旅チャンネル(東彼杵からはじまる、旅のたのしみ方を紹介しているサイトです) https://kujiranotabi.com/ ▼KIGAE Webサイト https://www.kigae.jp/ Tweet 前の記事へ 一覧へ戻る 次の記事へ 中川晃輔 この記事を書いた人 中川晃輔 千葉県柏市出身。大学卒業後、生きるように働く人の求人メディア「日本仕事百貨」の運営に関わる。2018-2021年に編集長を務め、独立。波佐見町のご近所・東彼杵町へ移り住み、フリーランスの編集者として活動している。 関連記事 2023.09.29 窯元探訪【丹心窯】vol.28 長﨑忠義『水晶彫の秘密。』 波佐見には、町の至るところに波佐見焼と真摯に向き合う「人」が存在します。今回、おじゃましたのは、佐賀県武雄市との県境にある波佐見町小樽郷に窯を構える『丹心窯(たんしんがま)』さん。まるでジュエリーのような輝きを放つ、唯一無二の美しい波佐見焼、その手仕事の秘密に迫ります。 2023.09.22 窯元の火を止めるな! 技術と雇用をつなぐ、波佐見焼企業のM&Aに迫ります。 後継者不在を理由に事業をたたむケースも増えているなかで、窯元の高山陶器(現・株式会社高山)と、商社である西海陶器株式会社はどうやって事業承継に結びついたのか。その先にどんな未来を見据えているのか。 新旧の社長に話を聞きました。 2023.08.25 【編集スタッフ募集中】波佐見焼の魅力を伝える Hasami Life 編集部に密着! 「波佐見焼や波佐見町、職人の手仕事のことを知ってもらいながら、ご自宅に波佐見焼を迎え入れてほしい!」これがHasami Life編集部の願い。週1回のよみもの配信を中心にさまざまな活動をしています。実際、どんな仕事をしているのでしょうか? 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