100人の暮らしを豊かにする100のものづくり 〜essence of life 〜

100人の暮らしを豊かにする100のものづくり 〜essence of life 〜

2020.04.27

“暮らしの中で、豊かさを感じられるものづくり”をコンセプトに、新しいデザインと機能を追求するデザインプロジェクト「essence of life」。産地の伝統を大切にし、日々変化していく暮らしに寄り添いながら、新しい“もの”たちを生み出しているのは、陶磁器デザイナー・阿部薫太郎(あべ くんたろう)さん。阿部さんが考えるデザインの本質とは?



波佐見焼、陰から日向へと。

波佐見町を含む九州北西部の肥前は、磁器発祥の地。400年以上に及ふ長い窯業の歴史がありますが、波佐見焼の名が知られるようになったのはごく最近のこと。これまでは、伊万里焼や有田焼といった出荷地や卸先の地名で流通していたため、全国的には無名の産地でした。

しかし、2003年、産地偽装問題や国際化への対応を理由に業界内で産地表示が義務化され、波佐見焼はいやおうなく独り立ちすることに……。時代の流れに背中を押され、波佐見焼が新たな歩みを始めた時期、このプロジェクト「essence of life」は立ち上げられたのです。

長崎のほぼ中央、人目をはばかるように四方を山々で囲まれた町、 波佐見町。 2006年、この町で「essence of life」は始動した。


プロジェクトの中心となったのは、西海陶器の現会長がスカウトした陶磁器デザイナーの阿部薫太郎さんと若手社員たち。


「すでにあるものに縛られず、今、人々に求められるもの」を。

「暮らしの中で、豊かさを感じられるもの」を。


彼らは産地の伝統技術を活かした新たなものづくりを模索していきますが、古くからの慣習が深く根付いた地で、価値観や手法を変えることは容易ではありません。さらに、多くの人が関わる波佐見特有の分業体制では、開発に要する多くの費用と時間が障害となっていました。

【阿部薫太郎】1975年、岩手県花巻市生まれ。大学修了後の2000年、KONST FACK K&G(スウェーデン)に留学。タイの陶磁器メーカーで2年間の任務を経て、2006年より長崎県波佐見町を拠点とする。以降、陶磁器デザイナー、エンジニアとして国内外の企業、デザイナーとプロダクトを発表。
HASAMI PORCELAIN、Common、Sabatoがグッドデザイン賞を受賞。その他の代表作にha'、The Porcelainsなどがある。


信頼関係を礎に、新たな流れを。

そこで、このプロジェクトでは、商品開発における工程の見直しを図ることになります。廃業した製陶所を活かして自社工房を設け、企画・デザインだけではなく、原型や型の制作までを独自で行う体制をつくることで、コストを抑え、自由度の高い商品開発を可能にしました。

しかし、窯元や型屋、生地屋などの職人、その全てが初めから好意的だったわけではありません。彼らの元へ足繁く通い、会話を重ね、時に酒を酌み交わし、理解と親交を深めることで、信頼関係を築いていったのです。


 

プロジェクトの原点であるファーストシリーズ。森と湖に囲まれた北欧・ スウェーデンの厳しい寒さで輝く、美しい雪景色のイメージから生まれました。
Vit【北欧の雪景色】
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淡く柔らかな色彩、カサカサとした素朴な質感、滑らかで愛嬌のあるフォルム。その控えめな佇まいは、日常にそっと溶け込んでくれます。
pale【静かに寄り添う】
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こうした取り組みから生み出されたものは、 少しずつ芽を出し、周囲に波及していきます。若者の感性にも響くもの、 機能だけはでなく嗜好性が高いものなどが、追随するように町のあちこちで生まれ、それらは新たな流れとなり、微力ながらも波佐見焼の自立を後押ししていったのです。

400年の時を経て、ようやく波佐見焼は陰から日向へと踏み出しましたが、プロジェクトはまだ道半ば。 留まることはありません。 この十数年で積み上げたイメージ、波佐見という地域の枠を越えて、次の段階へとーー。



ものづくりへの探究心。終わりのない道

陶磁器デザイナー・阿部薫太郎さん。型にはまらない彼の足跡と思想は、多様で奥行きのあるものづくりに色濃く映し出されています。幼少期から祖父が収集していた工芸品に囲まれ、 工作など手を動かす遊びを好んだ彼にとって、ものづくりへの進路は自然の成り行きでした。

大学では工芸を専攻。 当時の彼は、実用的なものではなく、 "自由度"の高い造形物の創作に邁進する日々。しかし、ある醤油さしとの出会いが彼の価値観を一変させます。

「1つの傑作より、100人の暮らしを豊かにする100のものを作りたい」。使うという"制限"が課された造形が持つ力強さに惹かれるのと同時に、自身の潜在的な願望に気づかされたのです。



 

アガスケとは、「格好つけ」などを意味する東北の方言。意図的に釉薬を薄く掛けることで生じる濃淡のムラ、独特な曲線とヘアラインのような細やかな質感など、磁器本来の魅力が感じられる美しい器です。
agasuke【シニカルなライン】
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この時、彼の中で道が開けました。延々と続く終わりのない道が。大学修了後、彼はスウェ一デンへ留学。多くの世界的プロダクトを輩出するデザイン大国で、暮らしに根ざしたデザインの思想と現場に触れることが目的でしたが、この頃はすでに善き時代が過ぎ去った後。大半の生産拠点は東南アジアなどへ移転し、思想だけが残された空洞状態でした。

留学後、少し間を置き、先端の陶磁器生産を学ぶためにタイのメーカーへ。しかし、タイには技術や豊富な原料があっても、現地の暮らしでは陶磁器が使われておらず、メラミン食器が主流でした。次々と目の当たりにした商業偏重のものづくりの現状に、彼は疑問を感じるようになっていきます。


 

「かけわけ」という伝統的な手法で、上下半分ずつ異なる釉薬を施したマグは、境目部分のニュアンスに、手仕事ならではの味わいが感じられます。
dip mug【新しい伝統のカタチ】
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シンプルな形状をベースに、柄の絵付けや各色の釉掛けを、それぞれ得意とする窯元が担当。職人の技術を活かしたシリーズです。
essence studio line【手仕事+遊び心】
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日々、問い続ける。デザインとは?

そんな折、以前知り合った西海陶器の現会長からの誘いがあり、意を決して長崎県波佐見町へ拠点を移すことに。当時は無名だった産地での活動に不安はありましたが、彼が目にしたのはあるべきものづくりの姿でした。

会話の中でアイデアが生まれ、意図を共有した職人の手で生産され、でき上がったものが身近で使われる場所。その背景には、400年以上も陶磁器ともに歩んできた歴史と豊かな生活文化がありました。彼は水を得た魚のように制作に没頭します。産地の伝統技術に、彼が培ってきた経験・知識・感性が加わることで、機能性とデザイン性を伴うものが次々と生まれ、広がり、産地に新たな価値観をもたらしていきます。

「暮らしの中で、豊かさを感じられるもの」とはーー。

あの出会いから20年余り、今では彼の手がけたものが国内だけでなく世界各国でも使われるようになりました。それでもなお、世に、自身に、彼は問い続けています。


 

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この記事を書いた人
Hasami Life 編集部