波佐見町で、世界の窯をめぐる
毎年ゴールデンウィークに開催される、波佐見町の一大イベント「波佐見陶器まつり」。
その会場であるやきもの公園の階段を上がると、屋外博物館があるって、知っていましたか?
その名も「世界の窯広場」。
波佐見町に住んでいても、「ちゃんと見たことがない」という方が、もしかしたらいるかもしれませんね。

今回は、世界の窯広場を歩きながら、人類の歴史のなかで焼きものがどのように暮らしに溶け込んできたか、見ていきましょう。

階段を上がると、緑の芝と石畳の坂道、そして12基もの世界の窯が広がっています。
実在していた窯を、かなり精巧に再現したものが並ぶようすは圧巻。
この広場を含む、やきもの公園のデザインや設計には、世界的な陶磁器デザイナー・森正洋(もりまさひろ)さんが携わっています。

じつは、歩き方にもおもしろい仕掛けが。
頂上を起点に下っていくにつれ窯の年代が新しくなっていくんですよ。
1. 野焼きの祭壇
もっとも原始的な方法、「野焼き」。
大昔の人は、草木や動物の糞など、自然の燃料を使って火を燃やし、焼きものを作りました。


野焼きの祭壇から下る際、道が二手に分かれます。
東には東洋の窯、南にヨーロッパの窯。
焼きものの歴史が、世界へ枝分かれしていくようです。
とはいえ、中国で造られていた窯と同様の焼成方法がヨーロッパで見られるなど、技術は伝来し、混ざりあっていたことがわかります。
2. 穴窯(あながま)
名前のとおり、穴を掘ってつくられた窯。
写真は断面のようすです。
元々は中国や朝鮮半島で見られ、日本には5世紀ごろに伝わりました。

薪を燃料にして燃やすと、なんと1200℃以上もの高温に。
現代の波佐見の磁器とほとんど変わらない温度まで到達していたことに驚かされます。
穴の天井をどこまで掘るかによって熱効率が変わり、焼きものの仕上がりにも影響があります。
もぐったときに、中腰になるくらいの高さが理想なんですって。
3. 磚の窯(せんのかま)
中国の万里の長城や城壁、寺院などに使われている「磚(せん)」と呼ばれる黒いレンガを焼く窯。
石炭を5~7日ほど燃やし、温度が上がったら火を止めて穴を塞ぎ、水をかけていくと煙が出るので、そのまま窯の内部の酸素が不足している状態で燻すように焼き上げます。
通常、白や赤の土が黒く焼き上がることはありませんが、このように珍しい手順で黒いレンガができるんだそうですよ。

黒いレンガは重厚感があり、波佐見にいながら中国建築の空気を感じます。

4. 龍窯(りゅうがま)/ 蛇窯 (じゃがま)
3000年前の古代中国で使われてきた、細長い窯。
こちらも穴窯のように斜面を利用して造られています。

正面の焚き口から薪を燃やし、900℃くらいになると、焚き口を塞いで横からどんどん薪を入れ、1300℃ほどに温度を上げる過程でいっきに土や釉薬に反応が起こります。
実際、波佐見のこの窯でも磁器を焼いたことがあるそう。
経験者によると、この長さでも5~6人の手が必要とのことで、みんなで協力して焼き上げる窯であったことが想像されます。

5. オリエントの窯
また少し古い時代に戻ります。
こちらは古代エジプトやペルシャなど、文明が発祥した「オリエント」で古くから使われている窯。
下から草木を燃やすと、炎は上に向かって昇っていきます。

上に穴が開いているため、瓦などで塞いで熱が逃げすぎないように調節するしくみ。
現在も、スペインや西アフリカなどで、ほとんど同様の形式の窯が使われているんですって。

6. トルコ キタヒヤの窯
オスマン帝国の時代から、イスラムのモスクに使われるレンガやタイルの生産で中心地となったキタヒヤ(キュタフヤとも表記される)で、今も使用されている筒形の窯。

器やタイルなどは壁にそって棚積みされ、出し入れは上の穴から行います。
そのため、側面には階段がついていて、上には柵も設置されていますね。
実際に焼いているところを見なくても、構造からどんなふうに人が動くのか、想像できておもしろいです。


たまたま見つけた鮮やかな青色が、トルコのタイルを思わせる色でした。
7. ボトルオーブン
こちらは見覚えのある方もいるのではないでしょうか。
徳利のような形をした、ユニークなレンガ造りの窯。
「CERAMICS PARK HASAMI」の文字が入った、波佐見町のシンボルのような存在です。

「ボトルオーブン」は、焼きものが工業化した初期の窯で、イギリスで使用されていました。
熱や空気の量を調節するしくみが緻密に設計されており、安定した大量生産に適したものであったことがわかります。
実際に使われていた窯のサイズは、この3倍もの大きさなんだそうです。
隣に立つと、焼きものが産業として発展していった時代のスケールの大きさを感じます。
8. 赤煉瓦の窯(あかれんがのかま)/ 囲い窯(かこいがま)
こちらは赤レンガを焼くための窯で、焼き方も素朴。
メーピンと呼ばれる燃料(炭のかけらや、牛の糞を乾かしたものを指す)を、乾燥させたレンガの間に敷き詰めて燃やすと、ゆっくりと燃えていきます。

こちらは中国の窯を復元したものですが、近い焼き方でトルコやイラン、ハンガリーなどでレンガが焼かれているようです。
少量の燃料で燃やし続け、大量に焼くことができるのが特徴ですよ。
9. 景徳鎮の薪窯(けいとくちんのまきがま)
良質な土が採れる、中国でもっとも有名な陶磁器の産地、景徳鎮で10世紀ごろから使用されている薪窯。
現代のわたしたちにも親しみのある白磁や青磁、染付に赤絵も、景徳鎮で生まれたというから驚きです。

この窯は斜面ではなく平地に設置されているのも特徴。
大量の薪を使うことで、24時間で焼成が完了するのが優れた点です。
燃料こそ違えど、焼成時間や煙突の伸びた四角い形など、なんとなく現代に近づいてきましたね。
ちなみに、こちらも実際の大きさはこの3倍です。
10. 連房式登り窯(れんぼうしきのぼりがま)
波佐見焼の歴史のなかでもおなじみの、登り窯。
中国や朝鮮半島から、16世紀に日本に導入されました。

斜面を利用した構造で、一段ごとにドーム状の室に分かれています。
下から薪で火を焚くと、順番に炎が昇っていき温度が上がっていくしくみで、とても熱効率がいいんですよ。
昭和初期まで、波佐見や有田、肥前地区で長きにわたり活躍した歴史的な窯で、波佐見での日用食器の大量生産を支えてきました。


11. 角型石炭窯(かくがたせきたんがま)
現代の窯にもっとも近い窯。
明治時代にヨーロッパから導入され、昭和47年ごろまで、波佐見で多く使用されていました。

400年前から活躍する登り窯と、現代で使われているガス窯の間をつなぐ、波佐見焼の歴史上でも重要な存在です。
角型の形は現代の窯とも似ていますよね。
戦後の復興期に大活躍し、重油焼成に改造されたのちガス窯に変わるまで、石炭と薪の両方を使って焼成をしていたようですよ。

12. 上絵窯(うわえがま)
こちらは焼きものの本焼成ではなく、一度焼き上げた器に「上絵」を施す際に使う窯です。
700℃~800℃で焼成し、上絵の具を焼き付けます。

内側が二重になっており、炎が直接当たらずに熱だけが伝わる構造。一度焼き上げた器に予期せぬ変化が起こらないよう、適した方法が考えられているんですね。
現代でも、上絵の場合は直接炎が当たらず、温度管理もしやすい電気窯が主流です。
工程にあわせて独自に発展した窯があるなんて! ひと口に窯といってもさまざまです。

ここまで、12基すべての窯を見て歩きました。
地域も時代も異なる窯を通して、まるで旅をしてきたような感覚です。
土や石、燃料、そして人々の暮らし。
その土地ごとの文化のなかで育まれた焼きものを支えてきたのは、窯の存在にほかなりません。
波佐見に来たら、ぜひ立ち寄って、いろいろな角度から窯を見てみてくださいね。


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