
波佐見「HANAわくすい」と有田「bowl」を手がけた高塚裕子さんに聞く、地域でお店を営むということ
その場所にしかいない空気感をまとい、その土地に行く理由になる。引力を持つお店――。そんなお店に人生でいくつ出会えるのだろうと、ふと考えることがあります。
長崎県波佐見町にある生活道具の店「HANAわくすい」、そしてお隣の佐賀県有田町にある日用品店「bowl(ボウル)」は、まさにそんな存在。初めて訪れて以来、ずっと心に残っていたこの2つのお店には、一人の女性の存在がありました。
高塚裕子(たかつか ひろこ)さん。「HANAわくすい」立ち上げから7年間にわたって運営に携わり、2018年からは「bowl」のディレクターとして、店舗の内装設計から商品のセレクト、運営まで一手に担っています。
今回は地域で暮らし、店を営むということ、その背景にある思いや焼きものという産業との関わりについて、高塚さんにお話を聞きました。
「一般のお客様が来ない町」ではじまった店づくり
「今でこそ波佐見町にはたくさんのお客様が訪れますが、当時は陶磁器関係の業者さんしか来ない町でした。波佐見町で生まれ育った夫の小学校の卒業文集には『波佐見町がこんな町になったらいいな』ということが書かれていたんですが、そうなったじゃん! って思って」と、高塚さんは笑います。
その言葉を聞きながら、私自身、初めて波佐見町を訪れたときのことを思い出しました。
長崎空港から車で1時間弱と、けっしてアクセスが良いとはいえない立地にもかかわらず、「HANAわくすい」のある「西の原」エリアの駐車場には県外ナンバーの車がずらり。近くのカフェも、平日昼間にも関わらず、20〜40代の女性たちでにぎわいを見せていました。
その土地らしさを生かしながら、自然と人が集まる。そこには、多くの地域が理想とする光景が広がっていると感じたのです。
高塚さんが「HANAわくすい」の立ち上げに関わったのは、2006年のこと。
それまで卸売りや「有田焼」としての製造が中心だった波佐見の焼きもの産業は、産地偽装問題をきっかけにやり方を変えざるを得ない状況に。
「波佐見焼」として、一般消費者に向けた新たな道を模索し始めていたタイミングでした。
「九州の中心といえば福岡だけど、“福岡にもないもの”、“波佐見でしか買えないもの”を揃えたら、わざわざ足を運んでもらえるんじゃないか。そう思って、生活道具や食器のまわりにあるものを扱うお店を、思い切ってやってみようと」
21歳で結婚を機に波佐見に移住し、HANAわくすいへ入社したのは29歳。社会経験もほとんどないなかでの挑戦でした。
「最初は布巾1枚の仕入れから始めました。店の片隅に自分の小さなスペースを作らせてもらって、当時はナチュラルブームだったので、焼きもの屋さんの倉庫で白い器を探しては並べて。それがよく売れたので、少しずつスペースを広げてもらい、自分の選んだ商品が増えていきました」
インターネットもまだ今のように便利ではなかった頃。仕入れの方法も知らなかったため雑誌のクレジット欄を頼りに連絡先を調べ、電話をかけ、実際に足を運ぶ。そんな地道なやりとりを繰り返しながら、扱うアイテムの幅を少しずつ広げ、オープンから3年ほどかけてお客様も着実に増えていきました。
「当時は店内にエアコンもなくて、業務用扇風機と氷枕を脇に挟んで夏をしのいでいました。『売れないとエアコンはつけられない』と言われていたので、“絶対に数字を出すぞ!”と(笑)。だから、エアコンがついたときはうれしかったですね。
エアコンをつけるのも、出張に行くのも、“数字が伴えばOK”という割り切りがあるので仕事がしやすいですよ」
そんな高塚さんの原動力は「生きるため」だったと振り返ります。
「21歳で嫁いできたとき、どこに行っても欲しいと思えるものがなくて。“自分の感覚がおかしいのかな”と思っていました。この土地で何も役に立てていないと感じていたとき、“自分がここで生きていくにはどうしたらいいんだろう”と必死に考え、たどり着いたのが今の形なんです。
だから、“生きていくための手段”という価値観は、波佐見の人たちと通じるところがあると思います」
「HANAわくすい」は焼きものの町にありながら、焼きものは商品全体の1割ほど。あえて前面に出さず、衣食住にまつわる品々が緩やかに陶磁器につながる空間づくりで、独自の世界観を築いていました。
「当時はまだ、波佐見焼の名前は全国的にはほとんど知られていませんでした。だからこそ意識していたのは、“遠くに球を投げる”こと。東京や雑誌でしか見ないような、ブランド力のある商品をあえて波佐見で扱う。
東京のような情報量の多い場所ではストイックで専門的なお店が光ります。地方では“幕の内弁当”のようにいろいろ揃っているほうが楽しいし、満足感もありますよね。
うちの店に来てもらったときに“波佐見ってなんかおしゃれだよね”って思ってもらえるような、そんな空気を醸し出すお店を目指していて。ただそのお店に行っただけで、地域全体の印象も素敵に感じられる。ついでに波佐見焼の存在も知ってもらえたらいい、って」
波佐見焼以外のもので波佐見焼の魅力や空気感を伝える。それこそが、高塚さんの選んだアプローチでした。
「高級」ではなく「贅沢」という価値観
2018年からは有田町「bowl」のディレクターを務めています。かつて単身赴任していた奈良・京都から戻るタイミングで「有田でもお店をやってほしい」と声がかかりました。
「bowl」は、築100年を超える陶磁器商家の建物をリノベーションした日用品のお店。
「有田には、歴史も技術も、昔からのお客様も揃っています。波佐見と同じことをされたら敵わないと思っていました。でも、今だからこそ違うやり方ができる、面白い場所だと思ったんです」
そこで掲げたのは“ドレスダウン”というコンセプトでした。
「今は“カジュアルリッチ”がトレンドですよね。波佐見では、長く使える鍋やカトラリー、作り手の顔が見える調味料、着心地のいい洋服などを通して、カジュアルを底上げするようなスタイルです。
一方、有田は“ドレス”のような存在。少し緊張感のあるフォーマルなものをあえて“ドレスダウン”して、日常使いできるように、遊び心をもって使いこなす提案をしていこうと。ドレスダウンが成立する地域って少なくて、金沢や京都、そして有田くらいじゃないかなと思います」
有田は、産地として「素材が採れる」「作る場所がある」「売り場もある」という三拍子が揃った、工芸大国日本においても珍しい地域。また、日本では初めて磁器を生産した地域でもあります。
波佐見焼と有田焼はルーツを同じくし、一見似ているようでいて異なる存在。「その棲み分けを、ライフワークとして取り組んでいきたい」と高塚さんは話します。
「有田焼はプロ向けの食器が多く、柄に意味合いがあり、どこか緊張感のある佇まい。だから“たまに使うには世界一”という存在を目指していて。お正月に使う器や、『ここぞという日は、有田焼だよね』と思ってもらえたら、それでいいんじゃないかと思っています。
有田焼が登場するまで、日本の食卓には土ものの茶色い食器一色が並んでいたのだと思うんです。そこに、水が染み込まない白い焼きものが現れて清潔な生活になり、絵が付いた日には、きっとすごく贅沢に感じたのではないでしょうか。それは、日本人の価値観が変わるような出来事だったはず。
“贅沢ってこういうことか”という感覚をもたらした最初の場所が、有田だったんじゃないかと思っています。だから、その“贅沢”という価値観に戻すようなことがしたいなと思っているんです」
こうした思いから、「高級ではなく贅沢」という視点を大切にしています。
「たとえば、旬の時期にしか獲れない鮭や、おばあちゃんが漬けたお漬物が入ったものが“贅沢”弁当。同じ価格でも、フォアグラのような高級食材を使ったものは“高級”弁当ですよね。
贅沢とは、お金をかければ手に入るものではなく、手間や時間をかけないと手に入らないもの。それは、たとえば有田焼の技術だったり手描きの器だったり、思い出やオリジナリティだったり。そういうものが贅沢かなと思うんです」
高塚さんはこの産地で暮らし、そして働くということについて、「この地域に産業があるから生きていける」のだと教えてくれました。
「私の地元には産業が少なく、過疎化が進んでいます。でも波佐見を見ていると、親兄弟が近くに住んでいて、お昼は家に帰って食べて、夕方には仕事を終えてさっと帰る。都会の暮らしから見ればとても健全だし、何より安心感がある。それができるのは、やっぱり地域に産業があるから。
波佐見町は共働きの家庭がほとんどだけど、どの子も学童保育に行ったり、おばあちゃんの家に預けられたりするのも当たり前で、子どもたちもそれを寂しいとは感じておらず、みんな平気。そういう風景がすごく素敵だなと思いますね」
ちゃんと“もの”に期待してもらえるように
「bowl」の店内に目をやると、しめ縄から竹籠、食べ物も服も、日本っぽいものからヨーロッパっぽいものまで置いてあるアイテムは実にさまざま。それでも、不思議と雑多に見えず、どこを切り取っても、私たちの目を、気持ちを楽しませてくれます。
「私はものを自分でつくることはできない。だからこそ、“選ぶ”ということに全力を注いでいます。多種多用途の商品をお店の中でグラデーションを描くように配置していく。飽きられないように常にものを動かしていますね。常連さんも『いつ来ても違う店みたいね』って言われます」
高塚さんにとって、「いいお店」とはなんでしょう?
「店内にどれだけたくさんの“感情の種類”を込められるか、でしょうか。“かわいい”もあれば“懐かしい”や“子どもみたいな冒険心”もあるし、“新しい”や“モード”もある。そういった感情がいくつも備わっていることでお店が充実する。お客さんの気持ちもワクワクすると思うんです。
『おしゃれだね』って言われてるうちは、まだダメだなと思っていて、『いいお店だったね、楽しかったね』って言ってもらえたら嬉しいですよね」
「ちゃんとものに期待してもらえるようになりたいなって思います。使ってみたらすごく快適だったり、今までの価値観を変えるようなことってけっこうあると思うんです。
展示会に行くと、毎度本当に素晴らしい商品を、いろんなメーカーさんが出しているんです。でも私たちバイヤーがちゃんと売らないと商品は回転していかない。ものが余ってしまうのは、小売の責任だと思っています。だから、基本的なディスプレイや、接客を通して、そのものらしさをきちんと伝えることはやっていきたいですね」
はじめて「HANAわくすい」を訪れたときに感じた、ゆったりと、暮らしの道具が並ぶようすの心地よさ。そして、「bowl」を訪れたときに感じた「どうしてこの店に来るとこんなにワクワクするのだろう?」という感覚。
その核に、今回のインタビューで触れられたような気がします。
陶磁器の町で、陶磁器にとらわれない手段を通して、地域の文化や空気を伝える。
ものと、地域と、産業と、まっすぐに向き合う高塚さんの姿には、しなやかさと芯の強さがありました。
取材のあと、高塚さんおすすめのお店で食事をご一緒したとき、店長の男性が声をかけてきました。
「高塚さん、明日、お店にいますか?今度、退職する女性スタッフのプレゼントを一緒に選んで欲しくて……」
信頼できる人がいて、信頼される店がある。日々の積み重ねの先に、「この地をまた訪れたい」と思える店が形づくられていくのだと実感した瞬間でした。
●店舗情報
bowl
営業時間 11:00〜18:00
電話番号 080-7983-5733
定休日 水曜日
Instagram https://www.instagram.com/bowl_arita/
HANAわくすい
営業時間 11:00〜18:00
電話番号 0956-85-8155
定休日 水曜日
Instagram https://www.instagram.com/hanawakusui/
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