窯元探訪【紀窯】中川紀夫さん vol.15 かっこよすぎないバランスで。

窯元探訪【紀窯】中川紀夫さん vol.15 かっこよすぎないバランスで。

2021.01.31

波佐見町には全部で59つの窯元があります。そして小さな町の至るところに、波佐見焼と真摯に向き合う「人」が存在します。今回は、波佐見の中でも異色な存在感を放つ「スリップウェア」をつくる、紀窯(きがま)の中川紀夫(なかがわ のりお)さんを訪ねました。一度見たら忘れられない印象的な模様をはじめ、スリップウェアの個性的な魅力をお届け。器づくりについてはもちろん、ふだんは見られないプライベートな顔まで全3回でご紹介します。

もう10年以上スリップウェアをつくってきた中川さん。これから挑戦していきたいものと、今悩んでいること。それから波佐見で生まれ育ち、そこで作陶もする彼から見た波佐見焼に思うこと。ひとりの作家の現在地から見える景色を語っていただいた最終回です。

中川紀夫(なかがわ のりお)
波佐見町の陶郷・中尾山で生まれ育ち、秋田公立美術工芸短期大学を卒業後は益子・大誠窯にて修行。そののち波佐見町に戻り、父の営む「孔明窯」の隣で「紀窯」として独立し、スリップウェアを中心に作陶をしている。

 

追求しつつも、こだわりすぎないバランス感覚で。

――:
焼きものをつくる上で、自然の素材を使うことを大切にされていると聞きました。

中川:
修行先の益子の窯元がそうだったので。"もみ"や"わら"を焼いた土灰から白い釉薬をつくったり、その白い釉薬に泥を入れて緑色にしたり。益子で釉薬をつくるおもしろさを知りました。科学的に合成した素材に比べると、自然の素材でつくった釉薬って、色がすごくいいんです。ちょっと手間はかかるんですけど、釉薬は一度つくれば長持ちするので、自分でつくっています。

――:
自分の手で、一つ一つ自然のものから手づくりしているんですね。焼きものに使う土には、こだわりはありますか?

中川:
波佐見に戻ってきた当時は自分で掘ってきた土で焼こうとしてた時期もありました。でも、うちの近所の土じゃ耐火度が弱くて、焼くと真っ赤とか真っ黒になっちゃって使い物にならないんです。諦めて、生地屋さんの粗めの土に自分で酸化鉄を混ぜてカスタマイズして使っています。ほんの少し物足りない気持ちもあるんですけど、いつまでも土の研究ばっかりだと先に進めなくなるので、しばらくは今の土でやっていこうかなと思ってます。

――:
中川さん的に、「ここを一番研究していきたい」という点はあるんですか?

中川:
ぜんぶですよ。総合的にバランスよく研究していかないと。奥さんが手伝ってくれることもあるんですけど、基本的には僕ひとりでやってるので。これだけやればいいってわけじゃないから、バランスよく。

――:
お父さまも焼きものをされてるわけですが、受け継いだ部分はありますか?

中川:
うーん……父とはつくっているものが全然違うので。ああでも、歩留まりを高くする、全体の中で不良品をできるだけ出さないようにするっていう部分は影響を受けてるかもしれません。焼きものに毎回100%成功ってことはないので、どうしても焼くとイメージと違っちゃったり歪んでしまったりすることはあるんですけど、失敗は少なくしたいなと思ってます。一か八かで勝負するようなつくり方のほうが芸術品としてはいいものができるんでしょうけど、そこまでは踏み込めないですね。

――:
そこまですると、あまり実用的な道具ではなくなってしまうというか。

中川:
難しいですよね。ある程度、食器として機能しながらも、単なる量産品ではなく手づくりのよさもあって、それでいて芸術品でもなく……そういうバランスを目指してます。

 

かっこよすぎない、ぐらいがいい。

――:
スリップウェアも今では幅広い作家さんがいて、芸術品としての価値を高めて作品をつくる方もいる中で、中川さんは生活道具としてつくってらっしゃる感じがします。

中川:
スリップウェアをやってる知り合いたちも、考え方はそれぞれです。いろんな技法や焼き方で一発勝負するのが好きな人もいますし、実際それで成功すればバーンとかっこいいものができます。すごいなあと思うんですけど、僕個人としては興味を引かれなくて。かっこいいんだけどなあ。

――:
かっこいいんだけども……。

中川:
自分は芸術品がつくりたいんじゃないんだよなあって、引っかかるのかもしれません。でも難しいところで、電気やガスの窯で焼くと、なんとなく完成形が想像できちゃうんです。それは少し、おもしろくないというか。だから成功の割合が下がったとしても、ガスや電気の窯より出来がよく焼き上がる薪の窯で焼くっていう"遊び要素"は、個人でやってると必要だなと思いますね。じつはうちの土地に薪で焼く古い登り窯があるんで、試しに焼いたこともあるんですよ。

――:
どうでした?

中川:
焼けすぎたり、逆に焼けてなかったり……失敗ばっかりでした(笑)。おもしろかったですけど、窯を改良しないとうまく使えなさそうですね。ずっと益子では登り窯で焼いてきましたけど、窯自体の改良となるとどこまでできるかわかりません。やりたい、やろうとは思ってます。ただすべてをガスや電気の窯から切り替えることはないですね。あくまで"遊び要素"として取り入れていきたいです。

――:
先ほど「かっこいいものはちょっと」というお話がありましたが、中川さんの作風にも表れていますよね。いろんな作家さんのスリップウェアを見比べてみると、中川さんのスリップウェアは伝統的なイギリスの感じに近く、おおらかでチャーミングな雰囲気があると感じました。

中川:
そうそう、伝統的なスリップウェアが好きなので。古いものばっかり見てつくってきたから、まあ、かっこいい線とかじゃなくていいかなあと。もともとスリップウェアはイギリスでも普段使いの器として使われたものだし、僕は古いスリップウェアの素朴さが好きなんですよね。

 

新しい試みたちを、少しずつ。

――:
これから、どんな焼きものをつくっていきたいですか? やはりスリップウェアが中心になるのでしょうか。

中川:
そうですね、イギリスのスリップウェアが好きっていう思いはずっと変わらずあるので、これからもつくっていきます。それは絶対あるんですけど、もう少し幅を広げたいなとは思っていて。スリップウェアの展示会となると、日本中から集まった器が並ぶんですが、それを毎回見ていると……「重いな」と思うこともあって。

――:
スリップウェアって存在感がすごいですものね。それが集まると……。

中川:
もう独立して10年以上スリップウェアをつくってきたんですが、模様が強烈すぎて、最近は無地の器に憧れるんですよね。でも、あくまで僕がつくったものに見えないとダメなので。無地でも、自分がつくったように見えるものをつくるのが目標です。

――:
それは難しそうですね……! ずっとメガネをかけていてそのイメージが固まっている人は、メガネを外したら気づいてもらえなかったりする、みたいな。

中川:
そうそう! それくらいスリップウェアの模様のイメージが強すぎて。そうなんですよねえ。自分が好きでスリップウェアを選んだので、しょうがないんですけど。それにお客さまの好みの問題もあります。やっぱり僕にはスリップウェアが求められるので、無地より柄のほうが受けがいいです。自分なりに変化しようと思っても、うまくいかないことが多いですね。あっちこっち行ったり来たり、試行錯誤しています。

――:
もう無地の器の構想はあるんですか?

中川:
なんとなく、イメージだけは。統一感を出すために、使う色は白と黒。今まで通り自然の素材で釉薬をつくりたいですね。ただ、そこから先をどうするか。ずっと考えてるんですけどね。どうしよっかなあ。今、考え中ですね。

――:
ほかに、これからどんな焼きものがやりたいとかありますか。

中川:
「彫りもん」もやろうかなと思って、トフトウェアっぽいものに取り組んでます。これはもう形になって販売してるんですよ。

17世紀ごろにつくられていた本場イギリスのトフトウェアの模様をオマージュして中川さんが製作したもの。動物の下に紀窯を表す「K.G」の文字が入っている。

――:
あの、スリップウェアの一種とされるトフトウェアですか? 中川さんがメインでつくられているスリップウェアとは違って、装飾の多い飾り皿としてつくられていたんですよね。

中川:
ええ、そうです。あのイギリスのトフトウェアは、細かく立体的な柄を手で描いているんですけど、僕のは型に彫り込んでるんです。ある程度量産するなら、こっちかなって。つくってて楽しいですね。ダサすぎず、かっこよすぎずな感じがいいんですよね。今は動物がメインの押し文様をつくってます。2020年は「アマビエ」の図柄もつくって、トフトウェアのバリエーションを増やしてるところです。

感染症が流行する中で疫病退散に御利益があると話題になった、妖怪「アマビエ」をモチーフにしたトフトウェア。

――:
どうしてトフトウェアをつくろうと思ったんですか?

中川:
はじめてスリップウェアに出会った展示会でもトフトウェアを見ていて「こんなのもあるんだ」って思ってはいたんです。それにやっぱりスリップウェアの展示会で集まると、みんな新しいことをやろうとしてきてるから、僕もほかの人とかぶらないものをつくりたくて。考えてたら「型を彫り込むのっておもしろそうだな」って思いついたんです。

こちらが彫り込んだ型。生地を押し付けて成形することで模様を出す。

――:
なんとも言えないゆるさで、かわいいですね。

中川:
自然にクスッと笑えるって感じを狙ってます。あんまり漫画みたいな絵になりすぎず、ちょっと抽象的ななんとも言えない模様を描きたいなと思って。僕が絵を描いて、型はうちの妻がこういうの得意なんで彫ってもらいました。
もともと妻も焼きものをやってたので、手伝ってもらったり、アドバイスをもらったりすることもあります。彼女はロジカルにものを考えるタイプ。僕は直感で動いちゃうタイプなんで、意見をもらうと「おお、なるほど」って思うことも多いです。

 

生まれ育った波佐見という産地に思うこと。

――:
波佐見で生まれ育って、益子で修行して、また戻ってきて10年以上活動されてます。紀夫さんから波佐見という産地は、どんな風に見えていますか?

中川:
いやあ、すごいですよね。いろんな技術を取り入れて、日用食器として価格を抑えながら量産していて。ただ、すごいなと思いつつ、僕個人としてはちょっともったいないなって思う部分もあります。僕は17世紀とかの古いスリップウェアが好みだし、ずっと昔から波佐見の焼きものを見てきてるので、そう感じちゃうんですけど。

波佐見の昔の職人の絵付って、すごく上手なんですよ。それをめちゃめちゃ速く描いて量産してたんだから、感動します。僕は波佐見の昔ながらの染付がすごく好きで。

――:
あ、そういう焼きものも、中川さんお好きなんですか?

中川:
好きです。買ったり使ったりしてますよ。ただ自分ではつくらないだけで(笑)。

――:
中川さんのお好きな染付の器、よかったら見せていただけますか?

中川:
たとえばですけど、この碗と湯呑とか。これは最近、すぐそこにあるうちの畑を掘ってたら出てきたものなんです。たぶん、じいちゃんが焼きものをやってるころにつくってたやつを捨てたんでしょうね。

ご自宅の敷地にある畑から出土した、中川さんの祖父がつくったと思われる染付の器。

湯呑の裏側には「波25」の文字。窯の名前でなく数字が書かれていることから、戦時中の昭和16〜20年のあいだに製造されたものと考えられる。

――:
とても繊細で、美しい絵付ですね。

中川:
いいですよね。僕も、スリップウェアにはとくに活かせてないですけど、波佐見に帰ってきてから絵付を習ってたんです。

――:
短大でも絵付は経験していらしたと思うのですが、波佐見で改めて学ばれたんですね。

中川:
波佐見町で活動するんだし、やっておいたほうがいいだろうということで。そのときの先生が永尾郷で「洸琳窯(こうりんがま)」をされている江添三光(えぞえ かずみつ)さん。絵付が速くて美しくて、もうすばらしいんです。そういう技術がもっと知られてほしいし、今後も継承していってほしいですね。

――:
波佐見焼が多様化している中で、焼きものの歴史が深い土地ですし、「昔ながらの技法をしっかり残していきたい」とおっしゃる方は多いですね。

中川:
僕は波佐見の外へ出て修行して、帰ってきてからもひとりで活動しているので、すこし俯瞰してこの産地を見ているんですけど。古きよきものをつくり続けるのが難しいということも、わかるんです。人の暮らしぶりも変わって、求められる食器も変わってきています。求められるものをつくらなきゃいけないし、やっぱり手描きの絵付はコストがかかりますしね。でも、まだまだこの波佐見には絵付が上手な方がたくさんいるので、染付などの伝統的な技術が伸びていってほしいと勝手に思っています。

<中川さん、ありがとうございました!>

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ちょっと不思議で、一度ハマると抜け出せない強烈な魅力を放つスリップウェア。イギリスの伝統的な雰囲気と、中川さんのおおらかなで素朴な人柄が感じられる焼きものにはファンが多数! 日本各地で個展や展示会が行われています。展示会などのお知らせは、中川さんの奥さまが更新しているインスタグラムをご覧ください。

中尾山にある紀窯の工房の隣には小さな展示スペースがあり、そこで販売も行われています。波佐見町にお越しの際は、ぜひお立ち寄りください。

※紀窯の器はHasami Lifeで取り扱っておりません。

【紀窯】

Instagram
https://www.instagram.com/kigama_nakaoyama/

長崎県東彼杵郡波佐見町中尾郷665-1
電話・ファックス: 0956-85-3338
メール: kigama.hasami@gmail.com
営業時間: 8時~17時
定休日:日曜日
※定休日の場合でも営業している場合があるとのことです。電話にてお気軽にお問い合わせください。


中川さん、ありがとうございました! 次回は洸琳窯さんを訪ねます。


 



この記事を書いた人
Hasami Life 編集部