窯元探訪【永峰窯】vol.33 長崎隆紘『脈々と受け継がれる焼きもの魂』

窯元探訪【永峰窯】vol.33 長崎隆紘『脈々と受け継がれる焼きもの魂』

2024.05.31

波佐見町の永尾郷に1936年に創業した『永峰窯(えいほうがま)』さん。量産型の波佐見町では少なくなった家族経営の窯元です。

後編では、ショップや工房を案内いただきながら、先代であるお父様に代替わりを決断したときのお話や、4代目社長の長崎隆紘さんが考える永峰窯の展望などについて伺います。

※前編はこちらからお読みいただけます。



主力商品は対照的ともいえる二軸で構成

隆紘さんが社長になってから、とくにSNSでの発信やEC市場への商品開発に力を入れてきたという永峰窯。

マット釉を使用して淡い色合いや素材の風合いをうまく表現した商品は、SNSでのマーケットに見事にマッチ。いまや一番人気となり、窯の代表作ともいえる商品のひとつになったといいます。

一方で、ギフト市場を狙って生まれた和モダンシリーズも、窯の屋台骨となる商品でもあります。シンプルさを追求したマット釉のシリーズとは、まったく異なる表情です。


4代続く永峰窯の焼きものには、その時代それぞれの個性や特徴があったはず。いったいどんな変遷をたどってきたのでしょう。

「昔は、白い薄手の生地に染め付けしたものをメインにした、手描きを得意とする窯元でした。でもいまはやっていません。というのも、絵付けはそのプロがいますし、波佐見焼に限った場合の話ですが、手作業と同じくらい緻密で繊細に仕上げるパット印刷の技術が凄すぎて。だからいまの時代に手描きで仕上げるポジションを自分が目指すのも、現実的ではないような気持ちがありました」


子どもの頃から焼きものに囲まれて育った隆紘さん、好きな器はあるのでしょうか。

「自分は、小石原焼や、やちむんの土っぽさ、ぽってりとした温かみのある感じが好きですね。
マット釉を使った商品では、土ものっぽい雰囲気を表現したくて。磁器ですが、マット釉をかけると、ざらっとした質感が出て土ものっぽさが出るんです。

自分にとっての好きな器っていうものができたのは、焼きものを勉強し始めてからですね。幼い頃は身近にある器といえばうちの商品でしたから。
白山陶器の平茶碗も好きで陶器市のたびに買い集めていたこともありました。あれに目玉焼きを乗っけるときなんか、めちゃくちゃ食べやすい。あのロングセラーには勝てないって思います(笑)」



工房には丁寧で手練れの技があちこちに

お話を伺ったあとは、直営店であるショップとなりの工房を案内していただきました。

和モダンシリーズの小皿を窯のなかに重ねていく作業。上まで重ね終わったら、840℃で6時間ほど焼いていくそうです。

波佐見町で現在使用されているのは、おもに電気窯とガス窯。
写真は「上絵窯(うわえがま)」という、“上絵”を焼きつけるための電気窯です。上絵とは、釉薬をかけて約1300℃で本焼成した上から絵付けをすること。そうして上絵窯のなかで焼き付けていきます。

電気窯はガス窯に比べるとパワーは落ちますが、和モダンシリーズのような薄手の焼きものには適しているのだそうですよ。

「ガス窯は波佐見では小さいほうですね。中の温度は1300℃近くまで上がります」

マット釉シリーズもこのガス窯で焼かれています。直火が当たるところには置けないため、火のあたる場所を吟味しながら窯積みしているのです。


工房の別の部屋ではご両親が作業中でした。 こちらでは、「釉がけ」と「仕上げ」の作業が行われています。6名体制の永峰窯さんでは作業分担はなく、製造から販売までどの工程もがほぼ全員が対応できるようにしているそう。
釉がけと仕上げについては、今はお父様とお母様がメインで担当している工程なんだとか。

「うちはマット釉を使った商品が多いのですが、マット釉は釉薬の濃度や顔料の割合がとても難しいんです。ちょっとでも配合を間違うと、焼き上がりがツルツルになってしまったり、釉薬が溶けきらずにパリパリと剥げてしまったり。色ムラも出やすく、少しでも薄いと目立ったりして。色によっても割合が違ってくるので扱いが簡単ではないんです」

釉がけの作業。素焼き生地の表面にかけるガラスのコーティングです。

釉薬をかけ終わったあと、本焼成するとき板に釉薬がつかないように高台を拭き取る作業 。このあとは、釉薬をかけるときの手の跡が残らないようになじませてから窯に運びます。

「釉薬が乗りすぎちゃうと焦げてしまうし、薄ければ思ったような雰囲気にならない。すべて手で感触を確かめながらの作業です」



代替わりのきっかけは4代目からの突然のひと言

3代目である先代のお父様が60歳手前、4代目となる隆紘さんが20代半ばで代替わりをした永峰窯さん。隆紘さんが正式に窯を継ぐことになった経緯や、そのときの気持ちを聞いてみました。

「うちもいまの状況からするとかなり大変な時期で、法人から個人事業主に切り替えてやっていこうとしていたときでした。隆紘からある日突然『代わろうか?』と。何を言っているのか一瞬わかりませんでした」

お父様にとっては微塵も予想していなかったこと。窯を縮小する、または、隆紘さんが社長になって新たなスタートを切る――、岐路に立っている状況でした。

「でも、『じいちゃんやひいじいちゃんは、これからの窯のどっちを見たいと思う?』という言葉が、息子に任せることを決断させました。孫の活躍を見たいだろうなと。
息子がやれるかやれないか、焼きものを作れるか作れないか、失敗するか成功するか、資金繰りなんかは関係なかったです。しばらくやってみてもしだめだったら、またそのときは引き返せばいいと考えていたくらいです」

壁に飾られているのは、初代(右)と2代目(左)の写真。

「私は父親を早くに亡くし、祖父から窯を引き継ぎました。若い頃はほかの職業にも憧れたこともありましたが、息子を早くに亡くした祖父の気持ちを思うと、裏切れないなという気持ちも強かったですね。
だから、4代目からの投げかけにはすんなり納得する部分もあったのだと思います」


窯を継いで8年目の隆紘さんには、この先やってみたいことや考えていること、どんな展望があるのか聞いてみました。


「昔は自分が考えた『いいもの』を作ってお客さんに届けることに喜びをおぼえていましたが、波佐見町が焼きものの産地として脚光を浴びていることにまずは感謝をすることが大事なんだと感じるようになりました。

これからは、自分が作りたいものを作るだけではなく、波佐見の他の窯元や商社の焼きもの全体のバランスを見て、その隙間を埋めるような器を作っていけたらいいなと思います。波佐見を訪れてくれたお客さんが『こんな器もあるんだ』と思ってくれるくらい器の幅を広げることができたら、より楽しい町になるのかなと。

やっぱりどこかトレンドに走る傾向もあるので、全体を俯瞰しながら作る焼きものがあってもいいんじゃないかなって考えています」


固定観点や理想にしばられることなく、いま目の前で起きていることをしっかり捉えて、そこから自分たちが進むべき方向へ舵を取る。

飄々としながらもときどき屈託のない笑顔を見せて話を聞かせてくれた隆紘さんの姿には、ゆるやかな頼もしさを感じました。今後、どんな器を作りだしてくれるのかとっても楽しみです。


隆紘さん、ありがとうございました!


【永峰窯】

〒859-3705
長崎県東彼杵郡波佐見町永尾郷306-2
0956-85-2056

公式サイト
https://www.eiho-porcelain.com/index.html

オンラインショップ
https://eiho-gama.stores.jp/

Instagram
https://www.instagram.com/eiho_gama/

この記事を書いた人
鈴木めぐみ
食やライフスタイルにまつわるコンテンツの編集制作に加え、ときには料理本専門書店ブックレディレクター時代の経験を活かした選書も行います。ご多分にもれずの器好き。波佐見焼についてはまだまだひよっこですが、たくさんの魅力をお伝えできればと思っています。Instagram @suuzuki_megumi