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あと5年で引退。肥前地区で唯一の道具職人・山口正樹さんの仕事。

by Hasami Life 編集部
あと5年で引退。肥前地区で唯一の道具職人・山口正樹さんの仕事。

長崎県波佐見町に、焼きものづくりで使うカンナをつくる職人がいます。有名な洋食器ブランドも、伝統を受け継ぐ有田焼の窯元も、海外の陶芸作家まで、静かな溜池のほとりに建つ山口正樹さんの工場へ道具を買い求めにくるそう。その山口正樹さんは、今年を含めてあと5年で引退すると宣言しています。

波佐見町だけでなく、同じ肥前地区の焼きものの産地である有田・伊万里などの人びとも、この地域にたったひとりしかいない職人である、山口さんの道具を頼りにしてきました。あちこちから「これから、どうしよう」の声が聞こえてきます。

唯一無二の職人。いったい山口さんは、どんな道具づくりをしているのか、工場を訪ねました。

山口正樹(やまぐち まさき)さん。1951年、波佐見町生まれ。金属加工の仕事をしたのち、「山口工具店」として焼きものづくりに使う道具の制作をはじめる。趣味は家庭菜園と養蜂。日本みつばちをかわいがっている。

 

「超硬合金」を加工して、削りの道具をつくってきた。

――:
山口さんはどうして、焼きもので使う金属のカンナをつくりはじめたんですか?

山口:
前職では、機械の部品づくりをしててね。会社を辞めてどうしようかなと思ってたとき、とにかく波佐見は焼きものの町やっけん、生地屋さんに見学に行ったの。

当時は生産量が今よりうんと多かったから、500軒ぐらいの生地屋さんがあったんじゃないかな? あちこち見学してみて、金属加工の仕事で培ってきた技術が活かせると思ったわけ。

山口さんがつくっている焼きもの道具。写真のようなカンナで、陶土を成形して乾かした生地を削る。カンナの形状はさまざま。

福田生地屋さんで、実際にカンナを使って、成形して乾かしたカップの生地を削っている様子。

――:
山口さんのほかに、金属を加工して焼きものの生地を削る道具をつくってる職人さんはいなかったんですか?

山口:
まだそれぞれの生地屋さんや窯元さんでつくる場合が多かったね。でも、私の道具のつくり方とは全然違うから。まず素材が違う。刃の部分は超硬合金、それ以外は普通の鋼材。異なる材質をくっつけるためのアセチレンガスと酸素ガスは、使用するための資格が必要なの。だから、私みたいに強度の高い道具をつくれる人は少なかったね。

――:
前職の技術が、焼きものの世界で活かせると気付いたんですね。

山口:
前の会社では、超硬合金で軟鋼(なんこう)を削って工業用ミシンの部品をつくっていてね。超硬合金は鉄やステンレスよりも硬くて、ダイヤモンドの次に硬いと言われるくらいだから、これなら焼きもの道具にも使えるな、と。

昭和57年くらいに「山口工具店」を開業。

――:
山口さんは、焼きものはお好きなのですか?

山口:
焼きものっていうか、ものづくりが好き。言葉がスムーズに出てこないもんだから、しゃべるより、手を動かしてたほうがマシや(笑)。自分であれこれアイデアを考えて、手を動かしてつくるのが好きですね。若いときは簡単な機械もつくってたし。

――:
工場にある機械も自分でつくられたのですか?

山口:
この機械たちは、買ってから改造してます。機械加工をやってたときの知識が、そういうところにも活きた。もちろん改造の失敗もあるけどね(笑)。

 

「ネジキ」でつくる、木のヘラ。

――:
山口さんは、ろくろ教室に通われていたんですよね?

山口:
50歳になる前、1995年ぐらいに通うようになって、いまも習いに行っとるよ。

――:
カンナをつくりはじめて、結構経ってからですね。

山口:
ちょうどそのころ、焼きものも機械化が進んで仕事が減ってきたから、やってみようかなって(笑)。それに、自分でつくった道具がどうやって使われてるのか、使い心地がいいのか試してみたかったの。

波佐見に中村平三(なかむら へいざぶ)さんって腕利きのろくろ職人がいて、「こういう道具はつくれないか」ってその人から言われるがままつくってたけど、 自分でろくろをしたらもっと深くわかるかなと。

――:
道具づくりのために、ろくろを習いはじめたんですね。

山口:
カンナだけじゃなく、ろくろで生地を延ばすのに使う「牛ベラ」も2000年くらいからつくってますよ。有田では「のべベラ」って呼ぶんですが。

山口さんがつくってストックしてある牛ベラ。ろくろで生地を成形するときに使う。用途によって形状も異なる。

――:
いろんなサイズがあるんですね。

山口:
飯碗用、壺用、コップ用、いろいろあるねえ。山口県の萩焼用の牛ベラも依頼されたことがありますよ。

ろくろ教室で、自分のつくった牛ベラを使う山口さん。

――:
金属と木では、勝手が違うのではありませんか。

山口:
そんなに困らなかったですね。「ネジキ」って木材を使うとは聞いてたし。昔の人は「木六竹八(きろくたけはち)」といって、木の扱いを知ってたんですよ。木は旧暦の6月に切って、竹は旧暦の8月に切る。それから、鍬(くわ)や鎌(かま)の柄になる木材は、川のドブのなかに浸けて1年置いておく。空気中で乾燥させたら、すぐ割れてしまうので。「水枯らし(みずがらし)」って呼ぶんですよ。1年後に水から上げて、陰干しして乾燥させれば、割れないけんね。

 

【ネジキ】
ツツジ科の落葉小高木。樹皮がねじれていることから名がついたとされる。九州などの温暖な地域で育つ。山口さんいわく、成長がゆっくりで年輪の幅が1 mm ほどのため強度があり、変形もしにくい材だという。

――:
じゃあネジキも6月に切って。

山口:
いや、ネジキは木が眠る1月2月に切るね。この木の場合はなかなか葉が落ちないから、落葉して木が眠ってるときに採ってくるわけ。

――:
牛ベラは、メンテナンスすればずっと使える一生ものだとか。

山口:
そうね。その人の使い方次第だけど、ある人に100年前の牛ベラを見せてもらったことはあるなぁ。現役の道具でしたよ。

 

どうして、引退してしまうのか?

――:
山口さんはどうして今年含めてあと5年、2026年の12月で引退すると決めたんですか?

山口:

理由はふたつあって。ひとつは、カンナの刃になる材料の「超硬合金」が仕入れにくくなってるからです。「タングステンカーバイト」ともいう金属なんですが。

写真は溶接して、まだ研いでいない状態のカンナ。持ち手部分は鋼材、先の刃部分は超硬合金。

――:
それはなぜ……?

山口:
私がカンナで使う薄い超硬合金は、歪みが発生しやすいからメーカーもつくるのが難しいけんね。あと全部輸入品だから、値段がものすごく高騰しとるんです。 前回仕入れたときより60%は上がってるので困ってるねえ。

――:
もうひとつの理由は?

山口:
私も71歳になって、もう目が見えにくい(笑)。削る作業は、コンマ数ミリの調整をするものですから、目が重要になる。「目の感覚」は若いときにミシンの部品作りをやってるときに覚えたんですよ。1/100ミリの世界で鍛えられてね。髪の毛が5/100ミリだから、人間の目で見える以上の精度! もう老眼だけど、その感覚はまだあと5年は残ってるだろうと思う。

とても細かく、精度の高い職人技。

――:
いま現在、カンナなどをつくる金属加工の職人さんは山口さんだけと聞きました。後継者はいらっしゃらないんですよね。

山口:
そうですね。カンナを使わない圧力鋳込みでの生地成形も増えてきてるし、これから需要もさらに先細りしていくだろうから、なかなか誰かに「やってみんか」とも言いにくいのが現状で。

――:
そうなると、山口さんの引退後、カンナを使っている人たちは大変ですね。

山口:
まあ、焼きものつくる人は器用だから、自分たちでなんとかするんじゃなかですか? 道具づくりも自分たちでできるようになったら、楽しいですしね。カンナ自体はつくってるメーカーがあるから、再研磨をできるようになれば……。

――:
再研磨、ですか?

山口:
包丁が切れなくなったら研ぐでしょ。それと同じ。超硬合金は包丁みたいに柔らかい材質じゃないから、 技術が必要ですけど。

山口さんが預かって再研磨しているカンナ。

――:
たとえ5年のあいだに買いだめできても、再研磨してメンテナンスしていかないと使い続けられないんですね。

山口:
そう、再研磨しないともったいない。焼きもの業界のいろんな組織や組合で、そういう勉強会をしていくのもいいんじゃないですかね。

 

仕事で、いちばんうれしい瞬間。

――:
波佐見町にある一真窯さんは、彫りの技術で高く評価されていますよね。あの一真さんならではの彫りを施すカンナも、すべて山口さんがつくっているのですか?

山口:
そうです。一真窯さんは技術がすばらしいですよね。そう簡単には真似できない。「こんなカンナがほしい」と要望をもらって、新しいカンナをどうやって実現させるか考えるのは楽しいです。

――:
仕事をしていて、どういうときが一番楽しいですか?

山口:
仕事がスムーズにできて、感謝の言葉をもらえたら、一番うれしいですね。2014年の長崎デザインアワードで、一真窯さんのうつわが大賞になったんです。そのときもうちの道具を使ってくれて、「おかげさまで、いい結果が出てよかった」と一真窯さんに言ってもらえたのは最高にうれしかったですね。私は道具をつくっただけやけど。

一真窯の眞崎善太さんよりコメント
「彫りのうつわをつくりはじめてから、山口さんに少しずつオリジナルのカンナをつくってもらって、もう20年以上の付き合いになります。超硬合金でつくる焼きもの道具のノウハウを持っているのは、肥前地区では山口さんだけ。だから5年後、どうしたもんかねえ。一真窯は月イチで定期的にカンナの再研磨をお願いしてるもんですから、今後はつくるうつわのデザイン自体も考えないといけないかもしれません」

――:
あと5年、引退までにやりたいことありますか?

山口:
いやあ、これ以上、欲出すわけにいかんやろ(笑)。

 

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山口さん、ありがとうございました! 山口さんの技術が、よい形で今後に生かされてほしいと思います。

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