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山脇りこの旅エッセイ 【後編】 波佐見焼、澄んだ白とすべすべの秘密。

by 山脇 りこ
山脇りこの旅エッセイ 【後編】 波佐見焼、澄んだ白とすべすべの秘密。

長崎市内の観光旅館で生まれ、波佐見焼に囲まれて育った料理家・山脇りこさん。白磁の波佐見焼が大好きな山脇さんによる旅エッセイ【前編】 波佐見町は今日も晴れ。につづく【後編】の公開です。

いよいよ、白磁の美しさの秘密が詰まった「陶土屋」と、実際に焼きものに仕立てる「窯元」を訪ねます。それでは山脇さん、お願いします。

文:山脇りこ  
取材協力: 香田陶土、光春窯 
写真:Hasami Life編集部     


●磁器のできばえを左右する、陶土を見に行く

波佐見焼、そして有田焼の白さの秘密を探るべく訪ねたのは、嬉野市下野地区。真っ青な空の下、きもちよ~く流れる塩田川のほとりにいくつかの工場が並んでいます。

その中の一つ、明治22年(1889年)創業の香田陶土さんへ。

「香田陶土さんは磁器の中でも、特に白い焼き物、白磁のための陶土を中心に作られています」と案内してくれた西海陶器の福田さん。

うむ、そもそも陶土とはなにか?

どうやらあのろくろの上にのっかっている粘土みたいなもののことらしい。成形して焼くと魔法のように、硬く丈夫な焼き物になる。私がいつも頬ずりしたいと思う磁肌のすべらかさと、吸い込まれそうな澄んだ白さの秘密は、この陶土にあるようなのです。

たしかに、魚も肉も野菜も、その食材の良し悪しが料理の出来ばえを左右します。原材料の力を越えておいしくなることはないと、いつも私は思っている……つまり、磁器にとっての食材、出来栄えを左右するのが陶土ってことなのでしょうか。

 

●世界に誇る陶土の基地

香田陶土さんの敷地でまず目に入ってきたのが、高く積まれた白っぽい石でした。大きさはさまざま。真っ白のものもあれば少し赤い部分がある石もあります。

「全部、陶石です」と100万ドルの笑顔で声をかけてくださったのが、5代目の香田悟さん。

「明治時代から、有田や波佐見の陶石ではなく、天草陶石が重用されるようになりました。天草陶石はこの目の前の塩田川を利用して運ばれ、私たちはこの川を活かして、水車の力で石を砕いて陶土を作るようになりました」

天草陶石は純度が高く、硬くて、磁器を焼いた時、とても具合がよい。さらに白くて、丈夫で、美しいと3拍子揃った奇跡的に高い品質だと気がつき、波佐見も有田もこれを使うようになったのだそうです。

陶土の中には陶石100%ではなく、焼成しやすいように様々な混ぜ物をしたものもあるそう。しかし、天草陶石はその必要がなく、まぜものなし! なのも魅力だと教えてもらいました。

「波佐見町歴史文化交流館」の学芸員中野さんも「まぜものなしの陶土で磁器を作っているのは世界でも波佐見と有田だけじゃないかな。とにかく陶土のレベルが高い」とおしゃっていました。

「ぱっと見て、白い部分が多いものと、赤い鉄分が目立つものと、いろいろあるでしょう? ここに積まれている陶石は、この段階ですでに品質ごとに分けられています。磁器の白さのために、陶石の段階から分けて、特上、選上、選中と3つのクラスの陶土を作っているんです。特上の陶土は全体の2%しか生み出すことができません」と香田さん。

しかも特上の陶土作りは、選ばれし最高ランクの陶石を、人の手でひとつひとつ削ることからスタートするのだそうです。


●丁寧な手仕事が白を生み出す

カツン、カツンと、手にした小さなハンマーでひとつひとつ、陶石の白の中に残る赤み=鉄分を取り除く“みがき”と呼ばれる作業をしていたのは、「もう50年以上のベテラン」と言う職人さん。

手でしかできない熟練の作業に気が遠くなります。

こうして丁寧に整えられた陶石は、かつて水車の動力で行っていたようにゆっくり砕かれ、粘りを出しながら粉末にされます。これに水を合わせた粘土のようなものが泥しょう。

この泥しょうをフィルターでプレスし、水分を抜きます。

その様子をみて、「これって、酒粕じゃないのー!」と思わず声に出していました。日本酒を絞る時に使われる「ヤブタ式」と言われる圧縮機にそっくりだったのです。

酒は絞った液体が商品で酒粕は副産物ですが、こちらは逆で、搾った後の酒粕にあたるものが陶土と言うわけです。

さらに硬さも調整します。柔らかめの6から硬い11まで、微妙にかたさの違う陶土を、オーダーメイドのようにつくっているのです。作家さんや窯によって細かいオーダーがあり、それにこたえていると言います。

ふと、“特上の陶土を使えば、誰でも、磁肌が抜群に美しく、ぬけるような白さの器がつくれるのか?” という疑問がわいてきました。最高の魚が、切っただけでもそこそこ美味しいように?

「そうですよね、確かに陶土で違ってくるとは思います。だから特上が欲しい、使ってみたい、というお問い合わせをよくいただきます。ただ、特上は全体の2%しかできません。なので、みなさんにお届けするのは難しいのです」と香田さん。

 以前、イタリア、フィレンツェの美術館で、学芸員の方から聞いた話を思い出しました。

「ミケランジェロは、満足のいく大理石でなければ彫らなかったそうです。気に入らない石だと途中で投げ出すことも。石が大事だからこそ、採石場にもよく通っていたそうです。一方で、代表作と言われるダビデ像(アカデミア美術館蔵)は、誰かが放り出した彫りかけの石を見事に仕上げ、人々をあっと言わせました。いまも世界中の人がこの作品を見るためにフィレンツェにやってくるほどにね」

材料と腕=誰が作るのか? はどれが欠けてもだめなのでしょう。人間国宝の作家さんには、きっと特上が納品されるのかな……などと思いながら、オフィスに伺うと、そこにはそんな巨匠たちのほれぼれするような白磁の作品がずらっと並んでいました。

 

●自分たちがなにを作っているのかを知る

「完成品の美しさを、見学に来てくださった方にも、そして社員にも知ってもらいたいと思って並べています。陶土はあくまでも材料だから、私たちの仕事はわかりにくいんです。それでホームページやインスタグラムでできるだけ外にむけて発信するようにしています。同時に社内で働く人にも、エールを送っているつもりなんです。おお、こんな素晴らしい器になるのか、っていう喜びはモチベーションをあげてくれると思うので。この仕事はなかなかハード、シンプルな作業ながら、難しさもありますから、魅力を感じて続けてもらえたらありがたいなと思っています」と香田さんは話します。

陶土会社は、後継ぎがいないなどの理由で減り、この地域では現在は14社に。

「でも最近は、大学の研究室など学びの場からの問い合わせや見学が増えてきたんです。豊かな自然の中での伝統的なモノづくりに魅力を感じる人も増えているんじゃないでしょうか。現場も盛り上がるので、できるだけ見学も受け入れているんですよ。そういう方々との交流で、新しい発想が生まれれば、地域も元気になるし。高い品質を守りながら、変化もしていかなければと思っています」

香田さんの言葉に、チーム香田! をひしひしと感じました。

 

●すべすべを求めて光春窯へ

次に向かったのは、その陶土から完成品を生み出す現場、窯元さんです。

ここって……と車窓からの眺めにテンション上がります。ああ、この景色は光春窯。コミック「青の花 器の森」の聖地です。

小玉ユキ先生による『青の花 器の森』は波佐見の磁器づくりに携わる人々が描かれた物語。主人公たちが働く窯元のモデルになったのがここ光春窯さんなのです。

青は主人公の青子さんの名前でもあり、波佐見焼を象徴する染付の藍色でもあるのでしょう。個人的には、作中で交わされる青子さんたちの長崎弁に萌える漫画でもあります(最後はめっちゃハッピーエンド、全10巻、完結していますから大人読みしてください)。

小玉ユキ先生のHasami Life独占インタビューもあわせてどうぞ!(Hasami Life編集部)

場所は、多くの窯元が集まる中尾山。江戸時代に作られたという世界最大級の登窯跡や、煉瓦造りの煙突、細い路地、小川、磁器が施された橋げた、焼き物の街を随所に感じます。

光春窯は私が愛用している 「ほたるメダカ」が生まれた窯でもあります。

すべすべの白に、小さなメダカがほたるのように透き通って見える、上品で控えめなのに存在感があるシリーズ。わが家にあるのは中鉢で、料理が映える白にひと技あるのがツボで、食卓によく登場します。東京のセレクトショップで一目ぼれしました。

これが“蛍手”という伝統的な技法だと知ったのは最近のこと。ただの透かし彫りではなく、彫ったところを透明な釉薬で埋めたような状態になっているんですね。

光を当てると、そこがぽっと灯るようで、まるでほたるみたいだから “蛍手”。ネーミングもかわゆし。ショールームにもありました、やっぱりいい。

 

●これからも愛され続けるために

「陶土を見てきました、目からうろこでした」と伝えると、「世界中の多くの磁器で、原料の陶土に様々なまぜものをしているでしょう?しかし、波佐見と有田は、天草陶石だけで作られた陶土を使っています。混ぜ物なし。こんな磁器は珍しいんです」とにこやかに話してくれたのが、光春窯の当主、馬場春穂さん。

馬場さんは、京都の窯元で修業され、波佐見に戻ってこの光春窯を立ち上げました。ご実家は代々ずっと窯業にたずさわってきた家。長い歴史の中で途中で家業をたたんだり、休んだり、平たんではない道のりを経てきたのだそう。

「それでもこうして中尾山で、家は無くさずに残してくれていたから、また始めることができたんです」

江戸時代から続く窯業の街の大変さを垣間見た気がしました。

馬場さんの息子さんも陶芸の道に進み、作家さんに弟子入りし、数年前波佐見に戻っていらしたそう。家業も手伝いながら、自分の作品を作っているそうです。

「新しい作家さんをサポートするようなシステムがもっと必要ですよね。波佐見は分業体制が確立しているから、これまでは大量生産の器も、いろいろ作ってきた。それも大切だけど、でもそのスタイルだけじゃ足りなくなってくるのかなと思うんです。丈夫できれいな器をたくさん作れる技術だけではなく、ここでしかできない技を追求するも大切かなと。それぞれの窯がこれはうちでしかできないと言えるような技術を持てば、波佐見全体がかなり変わっていくと思います」と馬場さん。

最後に福田さんが「僕はいつも初詣にここに来ています」と案内してくれたのは金屋神社。本殿に着いた瞬間にHOLLYな感じをふわっと受けました。

波佐見の街が一望でき、山山に守られている様子がよくわかります。

私の好きな長崎弁に「はがいか~」という言葉があります。先の漫画で主人公の青子さんも口にするんですけど、標準語では「腹が立つ」って訳されることが多い。でも私はちょっと違うとよー、と思っています。 

文字通り、はがゆいとか、くやしいとか、もどかしいというニュアンスが含まれた言葉で、そこがむしろポイントだと。久しぶりに波佐見にきてDEEP波佐見を案内してもらううちに、この魅力をみんなに伝えられないのは「はがいか~」「もっと知らせたか~」と何度もつぶやきました。

よかとこやねー、とあらためて思いながら「いろいろ見せてもらってありがとうございました。波佐見のよさをみんなに伝えます」と、手を合わせました。 

 

料理と波佐見焼(その2)

白磁と呉須の美しさにひかれ、自宅へ連れて帰ってきた光春窯の波佐見焼には、蒸しただけのかぼちゃと里芋にバターをのっけたカリッとトースト!

(料理と撮影:山脇りこ)

【前編】波佐見町は今日も晴れ。から読む。

山脇 りこ
この記事を書いた人
山脇 りこ

長崎生まれの料理家。おいしいもののためなら、どこまでも行く。無類の旅好き。市場好き。旬を大切にした家庭料理に、海外生活や旅で得たエッセンスを加えて“作る楽しみ”とともに提案している。 生家は長崎市の観光旅館で新鮮な山海の幸、四季のしつらえ、そして波佐見や有田の器に囲まれて育つ。あさイチ(NHK総合)やきょうの料理(NHK)をはじめ、テレビ、ラジオ、雑誌などで活躍中。 旅のエッセイ『50歳からのごきげんひとり旅』(だいわ文庫)がベストセラーに。最新刊は『50歳からはじめる、大人のレンジ料理』(NHK出版)。Instagram @yamawakiriko