漫画『青の花 器の森』小玉ユキ先生インタビュー【前編】仕事へのリスペクトからはじまる大人の恋をリアルに描く

漫画『青の花 器の森』小玉ユキ先生インタビュー【前編】仕事へのリスペクトからはじまる大人の恋をリアルに描く

2023.01.27

2022年に完結した、人気漫画『青の花 器の森』。焼きものの生産地・波佐見町を舞台に、大人の恋愛を描いています。

焼きものづくりの描写もとてもリアルで、波佐見町の魅力を発信するwebメディア「Hasami Life」の編集部員も、「月刊flowers」(小学館)での連載を心から楽しんできました。

小玉ユキ先生はなぜ『坂道のアポロン』『月影ベイベ』を経て、波佐見町を舞台にした物語を描こうと思ったのでしょうか。完結したいまだからこそ聞ける創作エピソードの数々を小玉ユキ先生と担当編集者の近藤恵実子さん、友巻千裕さんに伺いました。前後編の前編をお届けします。

 

小玉ユキ先生
9月26日長崎県生まれ。2000年デビュー。2007年~2022年に「月刊flowers」(小学館)にて連載した『坂道のアポロン』で第57回小学館漫画賞一般向け部門を受賞。ほかの作品に『青の花 器の森』『月影ベイベ』などがある。
「月刊flowers」2022年10月号より、青春ファンタジー『狼の娘』を連載中。待望のコミックス1巻は2023年3月9日に発売予定。

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波佐見町を舞台に、女性主人公の漫画を描くと決めるまで。

――:
今日はお時間をつくってくださって、ありがとうございます。

小玉:
いえいえ、こちらこそ楽しみにしていました。

――:
まずは小玉先生が『青の花 器の森』を描こうと思ったきっかけをお伺いしたいです。

小玉:
確か2017年のお正月に、はじめて波佐見町の中尾山を訪れました。「波佐見に、窯元が集まる雰囲気のいい場所がある」と聞いて、どんな場所か気になって行ってみたんです。そしたらもう、いい坂があって(笑)。

友巻:
過去作でも、坂道は大切なモチーフになっているんですよね。小玉先生は中尾山の入り口にある看板を見て、もう1話目の冒頭のシーンを思いついたと。そこからメインである青子(あおこ)と龍生(たつき)のキャラクターをつくって、じっくり現地の取材をしようという流れだったと思います。

小玉:
波佐見町には親戚の家があるので、毎年遊びに行っていたんです。「波佐見陶器まつり」にも行ってたので、もともとすごく馴染みがある町だったんですけど、中尾山に足を運んだことがなくて。はじめて訪れたとき「ここだ」と思いました。

漫画で描かれている波佐見陶器まつりの様子は、まさに現場そのもの。毎年4月29日から5月5日に開催している。去年のレポートはこちら

小玉先生が一目惚れしたという坂は、波佐見の中でも特に古くから続く"陶郷 中尾山" にある。坂道を車でぐんぐん登っていく主人公・青子。

友巻:2018年のお正月には、中尾山に1週間泊まり込んで取材をしましたよね。

小玉:
そうでした。そのときには、焼きものの町である波佐見を舞台にして、ろくろ職人と絵付職人をメインにすると決めていました。女性を主人公にして年下男性との関係を描きたい気持ちもあったので、過去に恋愛で痛手を負って慎重になっている女性と、そこにやってきたちょっと嫌なヤツ……みたいなところからスタートするのはどうだろう? と。まずはふたりの顔を描いてイメージをふくらませてみたら、どんどん楽しそうだなと思えてきて。

小玉先生のイメージにあった「ちょっと嫌なヤツ」こと龍生は、フィンランドで作陶した経験のある新しい同僚として、主人公・青子の前に現れる。

――:以前、別のインタビューで、小玉先生はずっと少年漫画を読むのがお好きだったとお話しされていました。また『坂道のアポロン』と『月影ベイべ』は、高校生の男の子が主人公でしたよね。『青の花 器の森』では、どうして女性の主人公の大人の恋愛ものにチャレンジしようと思われたのでしょうか。

小玉:
男子高校生が主人公だと描きやすかったんです。まず高校生活って読者のみなさんも経験されてる方が割合多いので、共感してもらいやすいんですね。さらに男の子だと、物語を走らせられる感覚があって。気持ちが高まったときに、ワー! と情熱的に動いてくれる感じ。それが女の子だと、私の場合、ちょっと慎重になってしまうところがあります。

でも『月影ベイベ』の連載後半で、主人公に影響を与える転校生・蛍子の視点でも描くようになって、「女の子の主人公って、ちょっといいかも」と気持ちが変わってきたんです。だから、次の連載は大人の女性の気持ちを描くことに挑んでみようと思いました。

 

仕事へのリスペクトができないと、恋も進まない!

――:
波佐見焼を日々取材する私たち「Hasami Life」編集部から見ると、『青の花 器の森』は恋愛漫画でもありつつ、お仕事漫画としても素晴らしいと思います。 男女が出会うと言うだけじゃなく、才能あるふたりが出会ってともに焼きものづくりに打ち込む物語でもありますが、恋愛と仕事のバランスはどういう風に考えられていましたか?

小玉:
このふたりの間に恋愛がなかったとしても成り立つぐらいの強い説得力がほしかったんですよ。最初は反発し合うけれど、気が付いたら「この人と仕事がしたい」っていう気持ちが芽生えるくらい、お互いの仕事をリスペクトする。なのでバランスは意識していなくて、仕事での信頼関係がベースにあって、その道の先に恋愛があるイメージで描いた気がします。

近藤:
私は途中から編集として携わっているのですが、引き継ぎの際に「仕事へのリスペクトができないと恋も進みません」と小玉さんがおっしゃっていたというのは聞いていて。

小玉:
私、そんなこと言ってました?(笑)。

――:
名言ですね……!

 

漫画のベースには、徹底的なリアリティがある

――:
物語の舞台である波佐見町に住んでいると、『青の花 器の森』の圧倒的なリアリティに驚かされます。すごく緻密に取材されてますよね。

近藤:
小玉先生、漫画に出てくるスポットの距離感まで大事にされていますから。

小玉:
青子と龍生が焼肉屋さんで打ち上げをするシーンを描くときも、悩みました。取材していた当時は波佐見町に焼肉がメインのお店ってなかったようなのです。なので波佐見に住む方に「焼肉を食べるとしたら、どこへ行きますか?」 と聞いたんです。そしたら「隣の嬉野市まで食べに行きます」とのことだったので、じゃあ嬉野へ行くふたりを描こうと。私としては遠いと思ったんですけど、地元の方たちはみなさん車を持ってるから、足を伸ばすんですよね。感覚がやっぱり違うので、迷ったら現地の方に聞くようにしています。

――:
細かく調べてらっしゃるんですね。どうしてここまで、徹底的なリアリティを求めていらっしゃるんでしょうか?

小玉:
なんででしょうね。その場にいる人の感覚がほしいのかもしれません。

――:
キャラクターに関しては、「現地の方をモデルにしない」と以前おっしゃっていましたね。

小玉:
実在している方をモデルに描いてしまうと、その方のことを意識しすぎてキャラクターとして動かせなくなってしまうんです。そこはもう完全に別にしています。

友巻:
ただ不思議なんですけど、つくったキャラクターに似た方と現地でお会いすることはあります。波佐見では青子みたいだと感じた方がいて。

――:
最終巻のおまけページで描かれてました。

小玉:
絵付をしてる30代の女性で……みたいな設定はある程度決めてから波佐見へ取材に行ったんです。中尾山に泊まり込んで、光春窯さんでいろいろ教えてもらってるときに、「おいしそうにごはんを食べるところ、青子に似てる」と感じる絵付師さんと出会って。

――:
そういう方に出会ったときは、どういう気持ちになるんですか?

小玉:
うれしくなります、「いた!」みたいな。

扉絵に描かれたこの場所も、実際に中尾山にある坂道。歩いていると、まるでほんとうに青子たちが実在しているような気分になる。

 

完結までの道のり、最後はキャラクターが動いてくれる

――:
『青の花 器の森』は2022年に美しいかたちで完結しました。10巻のラストまで、小玉先生が思い描いていた通りに物語は進みましたか?

小玉:
いえ、想定してたのは8巻までです。最初は「とにかくそこまでたどり着こう」と思っていました。私のなかでは8巻のふたりの「断絶」みたいなシーンがすごく強くイメージされていたんです。そこまで行ったら、あとは主人公が動いてくれるでしょう、みたいな感じです。

近藤:
小玉先生は連載中ずっとそうですが、当初想定した8巻にたどり着いてからも、とことんキャラクターの性格を考えて描き進められていたと思います。たとえば恋愛で問題が起きても、仕事で周囲に迷惑がかからないようにしていたり。

小玉:
青子がそうするだろうなと思って。「仕事をほっぽりださないな、この子は」って。

――:
私は個人的に、最終話の青子と龍生のふたりきりのシーンが、すごくグッときました。

小玉:
当初は違うラストシーンを考えてたんですよ。でもいろいろ考えた末に、途中で変えて。

友巻:
私、あのシーンのこと聞かされてなくて、ネームではじめて見て「超いいです」と興奮してお伝えしました! なんともいえない幸福感があって。

――:
この記事を読んでるみなさまにも、最終話まで読んで確かめてほしいです、ほんとうに。

小玉:
はい、ぜひ(笑)。

 

新連載ファンタジー『狼の娘』と、『青の花 器の森』の共通点とは?

――:
『青の花 器の森』が完結してすぐ、小玉先生は『狼の娘』の連載をはじめられました。読ませていただいて、とてもびっくりしました。今までの連載は『坂道のアポロン』も『月影ベイベ』もそうですが、だんだんと、よりリアリティが高まってきてるように感じていたので。「次はどんな物語が来るんだろう」と思っていたら、ファンタジー! 意外でした。

小玉:
単純に狼が好きで、「狼を出したい!」っていう気持ちがあったんです(笑)。おっしゃるとおり、連載物ではだんだんリアリティが強くなっていたんですが、もともとはファンタジーがやりたかったんです。漫画でしかできないファンタジーを。

――:
そうだったのですね。

小玉:
手塚治虫先生もエッセイ(『観たり撮ったり映したり』)のなかで「メタモルフォーゼ(変化、変貌、変身)こそ、ぼくが一生追求してやまないものなのだ」とおっしゃっていますが、私も「なにかに変身する」ことにものにすごく惹かれてるところがあります。そういう漫画を自分でも描いてみたいなという考えがあったんだと思います。

友巻:
私は小玉先生のファンタジーが読みたいですって、ずっと言ってたんですよ。だからもう編集者として本望です(笑)。

近藤:
『ちいさこの庭』などの短編集ではファンタジーも描かれていますしね。

小玉:
『狼の娘』はファンタジーだけど、リアルな土壌の上に置きたいファンタジーなので、取材には結構行ってます。

――:
なるほど。ファンタジーですが『青の花 器の森』と同じように取材を重ねて、生み出されているのですね。

小玉:
「この場所なら、リアルにこういうことがありそう、あったらおもしろいだろうな」と思われるようなファンタジーにしたいんです。『狼の娘』も楽しんでいただけたらうれしいですね。

――:
はい、『狼の娘』の続きも楽しみにしています!

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後編では、波佐見焼のこと、うつわへの思いをさらに深堀りします。

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『狼の娘』は下記より第1話の試し読みができます
https://flowers.shogakukan.co.jp/work/8003/

漫画『青の花 器の森』は全10巻、発売中です!
https://shogakukan-comic.jp/book-series?cd=47409

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この記事を書いた人
Hasami Life 編集部(くりた)
Hasami Life 編集部のライター・編集者。2020年に波佐見町に移り住み、漫画『青の花 器の森』を読んで聖地巡礼をしながら暮らす日々。波佐見で職人たちへの取材を重ね、個人的に絵付教室にも通いうつわ愛を深めてきました。この特集を最後に拠点を移し Hasami Life 編集部を離れますが、波佐見焼やつくり手の町のみなさんのことがずっと大好きです。