波佐見焼の話をしよう。【vol.2】伝えるひとたち
400年の伝統を持つ「やきものの町」として栄えてきた波佐見町。約14,000人が暮らす小さな町では、現在、全国の一般家庭で使われる日用食器のなんと! 約13%もの量を生産しているといわれています。
窯業の仕事にたずさわっているのは約2,000人。町へ出ると、あちこちに「波佐見焼のまわり」で働く人たちがいます。
このシリーズでは「波佐見焼をもっともっとおもしろくするために話をしよう」という趣旨のもと、会社の垣根を越え『同業者』のみなさんにお集まりいただいてざっくばらんにお話を伺います。


vol.1のテーマは「デザイン」でしたが、今回は少し視点を変えて―― 波佐見焼のそばで「伝える」「つなぐ」「場をつくる」そんな仕事をしているみなさんと一緒に、波佐見の“いま”と“これから”を探っていきます。
===お集まりいただいたみなさん===

(※写真左から順に)
波佐見焼振興会・事務局長。
山下 雅樹(やました まさき)さん
monné legui mooks(モンネ・ルギ・ムック)。
岡田 宏美(おかだ ひろみ)さん
波佐見ケーブルテレビ・波佐見営業所長。
德島 賢一(とくしま けんいち)さん
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見えないと伝わらない。波佐見の「今」を映すこと
――今日はお集まりいただき、ありがとうございます。vol.1とはずいぶん雰囲気が違って、すでに和気あいあいとしていますね。みなさん、お知り合いなんですか?
一同
(全員、顔を見合わせて)そうですね(笑)。
山下さん(以下、山下)
でも「ちゃんと深い話はしたことないよね」という距離感でもあったりして。
岡田さん(以下、岡田)
確かに!
德島さん(以下、德島)
よく会いますけどね(笑)。
――それでは今回は、改めてみなさんが「いま、波佐見町でどんなことをしているのか」、そこから話を始めたいと思います。まずは山下さん。波佐見焼振興会で働いていらっしゃいますよね。どんなお仕事をされているのでしょうか?
山下
波佐見焼振興会の役割は、波佐見焼を「産業として支える」ことです。
組合どうしの横の連携をつくったり、イベントなどでも「一緒にやりましょう」と動ける形を整えたりする、いわば“つなぎ役”ですね。

――「産業として支える」という言葉が印象的ですが、波佐見焼には“作家もの”のイメージもあれば、“日用食器の産地”という顔もありますよね。
山下
波佐見焼の定義は、少し曖昧なところがありますよね。でも、これまで波佐見がやってきたことを考えると、伝統工芸品というより、「産業」としての商品を作ってきた町、という側面が強いと思います。型をつくって、分業で、量産できる体制がある。そこが、波佐見のいちばん大きな特徴です。
波佐見焼の「分業制」については、こちらの記事で波佐見焼の漫画『青の花 器の森』を軸に解説しています。
――德島さんは「波佐見ケーブルテレビ」として、波佐見焼について取材することも多いですよね。
德島
はい。もちろん、波佐見町一番のイベントである「波佐見陶器まつり」は毎年取材していますし、窯元さんを訪ねることも多いです。
波佐見ケーブルテレビは、波佐見のことなら、地元の新聞社でも扱わないような小さなことまで取材します。保育園や小学校の行事も放送されているんですよ。
山下
ケーブルテレビって、子どもたちも大好きですよね。自分の通っている保育園じゃなくても、運動会の様子が流れていると、夢中になって見ています。
岡田
うんうん。
――子どもまで! すごい人気なんですね。どうしてケーブルテレビが、ここまで町に根づいたのでしょうか?
德島
波佐見は山に囲まれた地形なので、家にアンテナを立てていてもテレビが映らない家が、けっこうあるんです。そこで昔から「共同受信」という形で、大きなアンテナを建て、みんなで受信する仕組みがありました。その流れの中で、地元の人たちが組合のような形で「おらが町のチャンネルを作ろう」という動きが生まれたんです。
――つまり、地元発のチャンネル……!
德島
はい。当時の立ち上げメンバーのうち、今も4人が関わっています。
ただ、設備の老朽化やランニングコストの問題もあって、途中で「組合で運営するのは厳しい」という話になりました。そこで「ネット鹿島」が引き継ぐことになったのですが……。
――「ネット鹿島」は、お隣の佐賀県鹿島市を拠点にしたケーブルテレビですよね?
德島
そうです。佐賀だし、鹿島だけれど「波佐見のチャンネルは残す」という判断がなされました。この辺りでは、すでに“みんなが見るチャンネル” “地元に愛されるチャンネル”になっていたからこその選択だと思っています。

――地元のケーブルテレビは、町の体温を保つ装置でもある気がしますよね。一方、岡田さんは、お店を通じて町の変化を肌で感じてこられたのではないでしょうか。波佐見へ来て、どのくらいになりますか?
岡田
19年目になるでしょうか。
パートナーの岡田浩典(おかだ ひろのり)が焼きものに興味を持ち、全国を旅するなかで、窯元の跡地だったこの建物に出会ったのがきっかけです。その後、さまざまな出会いを経てこの monné legui mooks(モンネ・ルギ・ムック、通称ムック) が生まれ、わたしも合流しました。
――波佐見焼に可能性を感じて?
岡田
もちろん、波佐見焼に興味はありましたが、「これから人気になりそうな産地だから」という理由よりも、この場所そのものに感じたインスピレーションがいちばんの決め手だったように思います。

――Hasami Lifeが生まれる前、別の取材でムックに来たことがあります。そのとき、提供される料理の器がすべて違っていて、とても印象に残っているんです。
岡田
ありがとうございます。最初はメニュー先行ではなく、器ありきだったんです。例えば、「カレーを出したいから、そば猪口を使おう」ではなくて「このそば猪口にカレーを入れてみたらどうだろう?」という発想でした。
德島
へえ!
――たしかに焼きものって、料理にのせて初めて価値がわかるというか、ここで実際に使われているからこそ「こういう使い方があるんだ」と自然に伝わってくる感じがしました。
岡田
お客さんを見て、「この人だったら、この色や絵柄かな」と想像しながら、スタッフ全員が自然と器を選んで盛り付けているんですよ。料理をテーブルに持っていったときも、あえて波佐見焼の説明はしないけれど、「どこの焼きものですか?」と聞かれたら、きちんと答えられるようにしておこうと思っています。

――ムックを営まれてきた20年ほどで、波佐見焼の立ち位置はかなり変わってきたと思います。お店に訪れる人や町の雰囲気に変化は感じますか?
岡田
最初の頃は「新しい店ができたらしいよ」という感じで、西の原を目がけていらっしゃるお客様が多かったですね。
今は、波佐見焼を目指して波佐見へやって来て、その流れで店に立ち寄ってくれる人が増えました。もちろん、この場所を目指して来てくれる人もいますが、完全に二通りに分かれてきた実感があります。
山下
ムックは本当に老若男女に人気ですよね。
岡田
お客さまは幅広いですね。特に陶器まつりの時期なんかは、もう大忙しです。
2025年は終了。次回(2026年)は2026年4月29日〜5月5日に開催予定。
町の変化を、伝える・つなぐ・場をつくるために。
――陶器まつりそのものは、ここ数年で客層や熱量が変わった実感はありますか?
山下
ありますね。以前は、宝探し感覚で来る人が多かったと思います。お気に入りを見つけて、ちょっとお得に焼きものを買って帰る、という感じ。今は、特定の窯元を目がけて来る人が増えました。
――SNSなどの情報をもとに?
山下
そうかもしれませんね。
岡田
陶器まつりの時期に店を訪れる世代は、明らかに若くなりました。
德島
来場者もどんどん増えている印象がありますね。

山下
メイン会場で2000円以上の購入でもらえる抽選券での抽選回数が、前回は7日間で70,000回以上でした。単純計算しても、かなりの売上になりますよね。
――そうはいっても「町内で作れる焼きものには限界がある」という話も聞きます。
山下
そこが一番難しいところです。窯元さんが焼ける数には限りがありますし、人手不足の問題もあります。窯元によっては、注文が多く、何か月も待っていただく状況も続いていますし、「では、今フルマックスで焼いているのか」というと、必ずしもそうとは言えない。
市場がこの先どこまで伸びるのかが見えない中で、設備や機材に大きな資金を投入するべきかどうか、判断がとても難しいのが現状です。
――「波佐見焼」を子どもたちに伝える取り組みも始まっていると聞きました。
山下
はい。波佐見って、例えば、生地づくりと絵付けが分業されていて、何人もが横並びになって、すごく効率的に作業するじゃないですか。その風景を、体育館の中にそのまま再現して、子どもたちに体験してもらうんです。焼きものの体験授業自体は、ほかの自治体にもあると思うんですが、今回は、波佐見の分業制つまり「産業としての現場」をちゃんと伝えたいと思いました。

山下
そもそも、移住してくる人は、ものすごいリスクを背負って波佐見にやって来ます。 それなのに、分業制をはじめ、波佐見焼の実態が見えにくいと、ハードルが高くなってしまいます。 だから、評価されるかどうかは一旦置いておいて「ここでは、こういう作業が実際に行われています」という事実を、まず可視化したいという思いがありました。
――自分たちの子どもに継がせたいかどうか、という話ともつながってきますよね。
山下
親が「ここはなんにもない」と言えば、子どもも「なんにもない町なんだ」と思って育ちます。 逆に「ここは最高や!」と言っていれば、「ここは最高な町や!」と。 言葉って、それくらい大きいと思っています。
大人が「面白くない」と言い続けると、それが衰退につながる。そこを変えたいんです。
――波佐見焼の未来って、結局は「町として住めるかどうか」にもつながってくる気がします。 移住者が増えるなかで、波佐見って“馴染む/馴染まない”が、はっきり出る町なんでしょうか。
德島
受け入れられる人と、そうでない人は分かれるかもしれません。
岡田
そうですね。
山下
率直に(移住者のうち)10人に1〜2人しか、この町には残らないんじゃないかな? と思うことがあります。町内会よりさらに細分化された「班」のような仕組みがあって、 回覧板や行事、冠婚葬祭まで関わります。 今は昔ほどではないにしても、そうした習わしが残っている地域だと思います。いい悪いではなくて、向き不向き。
――そこには「波佐見町が好き」という町の人の思いも、溢れているように思います。
德島
そうですね。「おらが町が好き!」という気持ちは、町を取材していてとても感じます。

――若い人や移住者が集まれる場所はありますか?
岡田
昔は、この場所(ムック)が自然とそういう“場”になっていた気がしますね。 異業種の人たちが集まって、知り合って、そこから仕事が生まれる、そんな光景をたくさん見てきました。
山下
若いときって、「やりたいことはあるけど、着地が弱い」状態のことも多いと思うんです。 そんなとき、異業種の人たちと接点を持てると、面白い展開になる可能性がありますよね。だから、集まれる場所をもっと作っていかないと。
でも、上の世代が口を出しすぎると、途端に動きづらくなることもある。 「口は出さず、金だけ出す先輩が一番かっこいい」という話も仲間たちとよくします(笑)。
德島
そうですね(笑)。
チームを組むなら、異業種が混ざるほうが前に進みやすいというのは、確かにあるかもしれません。できることがそれぞれ違うから、方向性が重なりすぎず、動きやすくなりますもんね。
――
取材後記
メディアも、暮らしも、仕事も、教育も。
可視化しなければ、なかったことにされてしまうのかもしれません。
波佐見焼の未来は、焼きものそのものだけで決まるわけではない。
「伝えること」「つなぐこと」「場をつくること」。
その小さな積み重ねが、移住してくる人の背中をそっと押し、
町の中にいる人の誇りを育て、
次の世代の選択肢を、静かに増やしていく。
取材の終盤には、自然と企画会議が始まりました。
波佐見焼のまわりで、波佐見焼を伝えながら、
それぞれ異なる仕事をしている3人だからこそ生まれる対話。
その時間で、町がまた少し先へ進んだように感じます。
企画の実現にも期待です!

Hasami Lifeはこれからも、
「波佐見焼のまわり」で働くたくさんの人たちの声を聞き、
「波佐見焼のいま」として、記事に残していきたいと思います。
どんな人たちの話が聞いてみたいか、
ぜひコメントでリクエストをしてくださいね。
取材協力:
西の原エリアにある人気のカフェレストラン
monné legui mooks(モンネ・ルギ・ムック)
https://www.instagram.com/monneleguimooks/
〒859-3711 長崎県東彼杵郡波佐見町井石郷2187-4


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