漫画『青の花 器の森』のシーンでたどる〈波佐見焼ができるまで〉
©︎小玉ユキ/小学館
長崎・波佐見を舞台にした『青の花 器の森』(小学館・月刊flowers)が2022年5月号で最終回を迎えました。そして8月10日には単行本の最終巻が発売に!
完結を盛大に祝いたい気持ちと同時に、おわりを迎えたさみしさを払拭するべく、第1巻からじっくりと読み返してみると、主人公たちの恋模様には何度だって胸がキュン! 舞台となった波佐見町、鍵となる波佐見焼の細かい描写がうんと目に留まるようになりました。
まるでフィクションとノンフィクションを行き来するような不思議な感覚。作者である小玉ユキ先生の取材力、すごすぎます。波佐見のことをまったく知らない方の目には、どんな風に映るのでしょうか。
編集部による『青の花 器の森』への熱い想いは、こちらの記事 で。
と、前置きがずいぶん長くなってしまいましたが、今回は、波佐見焼の制作過程をマンガのシーンとあわせてご紹介していきます。
いささかマニアックな内容もありますが、『青の花 器の森』の世界をおすそわけできる贅沢な記事になりました。ひとりでも多くの人に知ってほしい〈波佐見焼ができるまで〉のストーリー、最後までお付き合いくださるとうれしいです。
波佐見焼、それは「分業制」で仕上げる焼きもの。
ひとつの“もの”を作る時、それがどんな“もの”であれ、たくさんの人が関わっています。もちろん、焼きものの世界でも同じ。
原料やすべての道具が揃ったところから見ても「ひとつの焼きものを一社で作り上げることがほとんどない」のが、波佐見焼の特徴です。
例えば、このシーンは「窯元(かまもと)」と呼ばれる場。波佐見焼が焼き上がるまでの数々の工程は、必要なプロセスごとにその道のプロフェッショナルが手がけます。
その際、会社の垣根を超えて力を合わせることも当たり前。波佐見町では、町が一貫となって焼きものを仕上げてきた歴史があります。
マンガの中でも、波佐見で生まれ育った主人公の青子(あおこ)が、波佐見へやってきたばかりの龍生(たつき)にこの「分業制(ぶんぎょうせい)」を説明しながら波佐見町界隈を巡るシーンがあります。
それでは、わたしたちも同じようにこの「分業制」の順番で現場をたどっていきましょう。
①陶土屋(とうどや)
焼きものの材料となる「陶土」をつくるプロフェッショナル。現在、波佐見焼の原料のほとんどは “天草陶石”と呼ばれる美しい石。これを粉砕して水に溶かし、不純物を取り除いて粘土(陶土)にします。
②釉薬屋/絵の具屋(ゆうやくや・えのぐや)
器の色みや光沢、つまり表情を決める「釉薬(ゆうやく、うわぐすり)」の専門家。釉薬は、絵の具のようにミックスしてオリジナルの色みを目指すことも。実際に窯で焼いて確認する“カラーテスト” まで関わることも多いそうです。頼りになる色のアドバイザー的な存在!
▶︎色のスペシャリストにインタビューした 特集記事『色の魔法をかける、釉薬の不思議』もぜひ、ご覧ください。
③型屋(かたや)
多くの方は「焼きものをつくる」というと、ろくろを回して土を成形しているシーンをイメージするかもしれませんが、現在、波佐見町では型を使って形をつくる場合がほとんど。
この型づくりを担う“原型師(げんけいし)”という職業は、熟練の技が必要になりますが、そのぶん高齢化が進んでおり、貴重な技術者となっています。詳しくは、特集記事『ろくろではなく「型」でつくる波佐見焼の生地』や『型づくりには、100点の教科書が存在しない』をどうぞ。
④生地屋(きじや)
型屋がつくった型と、陶土屋がつくった粘土を使って、焼きもののベースの形(=これを窯業では「生地」と呼ぶ)をつくる職人たち。生地は大きく分けて4つの手法を使い分け、目指す焼きものに最もベストな生地を仕上げていきます。
⑤窯元(かまもと)
釉薬屋から「釉薬」を、生地屋から「生地」を仕入れ、陶磁器を焼き上げる場所。素焼き、下絵付、釉かけ、本焼成(ほんやき)、さらには上絵付、転写、検品など、たくさんのプロフェッショナルが集まる場所でもあります。
▶︎実際に波佐見の窯元を巡り、取材を続けている特集記事『窯元探訪』。それぞれの窯元の特色を紹介しています。
波佐見焼というと、「大量生産」というイメージを持たれる方も多いかもしれません。シリコンを使った「パット印刷」という機械技術も発達していますが、じつはこのシリコン部分をメンテナンスできる人は波佐見にひとりしかいないそう。
どれだけ機械技術が発達しても、人の手をかけなければ到達できないレベルを守ること。
手頃な価格で手に入る日常食器を得意としながら、質の高い器を作り続けるという、一見相対する価値を守り続けてこられたのは、波佐見町という地域がこの「分業制」を通じて「産業」としての焼きものづくりを徹底してきたからなのです。
一貫生産の波佐見焼。自分たちの手で、できることを。
昔ながらの「分業制」だけでなく、現在は自社で「一貫生産」を行う窯元も増えています。一貫生産というのは、型や生地なども含めてできるだけ自分たちで手がけるやり方を指します。
Hasami Lifeの窯元探訪シリーズでご登場いただいた 利左ェ門窯 さんや studio wani さんがまさにそのスタイル。
studio waniさんは『青の花 器の森』の取材協力もされてきた、綿島さん夫婦による窯元。物語でもキーになる「"星空"一輪挿し」は、studio waniさんが元々つくっていた「ミニ花瓶」から小玉ユキ先生が着想を得て誕生したそうです。
波佐見町では若手の作家さんも増えています。小規模でなるべく自分たちの手の届く範囲でものづくりを続ける、ミニマルなスタイルを軸にする作り手も増えてきました。
これまでの取材先でも「新しく波佐見焼の世界へ入ってきた人も、のびのびとものづくりができる町にしたい」と語られる人がとても多くいらっしゃいました。
昔ながらの技術と、新しいアイディアがうまく合わさって、日々変わり続けていることも波佐見焼の、波佐見町のおもしろさのひとつです。
波佐見焼を支える、多くの人々。
焼きものづくりに必須の筆やカンナなど道具をつくる職人、窯や機械を製造する工場、原料となる天草陶石を採石するプロフェッショナル、新しい器の可能性を探るデザイナー、波佐見焼の歴史研究者、波佐見焼を世に広めてくれるお店のみなさんなど、波佐見焼を盛り上げているのは、作り手だけではありません。
たくさんの人と手を繋ぎながら、400年以上の歴史を守り続けてきた波佐見焼(長崎県)ですが、有田焼(佐賀県)から独立したのは、ほんの20年ほど前。まだまだ、知る人ぞ知る波佐見焼といえるでしょう。
すでに波佐見焼を知っている方も、今日初めて知った方も、波佐見焼がどうやって作られているかを知ることで、身近な焼きものになってくれたら……! 好きになってくれたら……! そんな願いを込め。
ぜひ、『青の花 器の森』を読んでみてくださいね。
小学館コミック のサイトでは試し読みができるので、興味がある方はぜひチェックしてみてください!