
窯元探訪【聖栄陶器】vol.41 木下光春『小さい喜びを、みんなが大切にすること。』
波佐見焼の窯元のなかでも随一の生産量を誇る「聖栄陶器」。
前編では、陶土メーカーから窯元へと至る歩みや、今年の春に完了した工場の移転について取り上げました。
後編は聖栄陶器のこれからに目を向けて、引き続き代表の木下光春さんの話に耳を傾けます。
明朗闊達な会社へ
移転にともなって11名が退職を決め、工場の面積が半分以下となったことで、動線やレイアウトの再構築も必要に。
まだまだ課題は山積みですが、木下さんは今回の移転を通じた変化を前向きに捉えています。
「メリットはですね、まず目が届く。以前は工場があまりにも広すぎたんです。今はコンパクトですので、タッタッタっと指示できる。これは大きなメリットです」
「それから、新しい社員が7月に4名入られます。これを機に、社風をなるべくいい方向へ変えたいと思って。単純ですけど、とにかく明朗闊達にしたい。
わからないことがあったときに黙り込む。これはだめ。話し合って、伝え合って、自分たちで解決していく。こういうことを、社員同士でやっていける会社にしたいと思っています」
採用の条件は「元気」であることと、「物事をはっきりと言う」こと。職人の世界は、黙々と手を動かし“見て学ぶ”イメージがありますが、コミュニケーションを大事にすることでもっと働きやすくなるんじゃないか、と木下さんは言います。
そんな“明朗闊達な社風”の種は、じつは以前からこの会社のなかに芽吹いていました。
「うちのような大量生産の窯元は、商品の不良に気付くのが遅れると、それだけ欠損品が増えてしまいます。ですから、我が社はとにかく早期発見。気付いたらすぐに直す。これは父の代からずっとです」
幼いころから陶石を砕くスタンパーの番をしていた光春さん。異変にいち早く気付いて、改善する。その感覚は、もしかすると幼少期に培われたものかもしれませんね。
「社員に対しては『社長の言うことがすべて正解ではない』とよく言っています。間違いもあります。だから気になることがあれば教えてほしい。たとえ失敗しても、諦めずに次の手、次の手を考え続けたら、いつか成功するかもしれません。とにかくやることが一番。やってみて間違ったら、またやり方を変えればいいんですから」
機械と人のコンビネーションでつくる
変化は、工場の設備面にも。
たとえば、多いときで20台ほど保有していたパット印刷機は、8台まで数を絞りました。代わりに、釉薬がけのロボットアームを2台新たに導入。その背景には、焼きもののトレンドの変化が影響しているそう。
「10年前は染め付け、5年ぐらい前からは色釉の器が人気になってきているのかなと。ロボットを新たに入れたのは、そうした変化に対応できるように、っていうところが大きいですね」
「移転を経て、工場はコンパクトになりました。ただ、そのせいで何か新しい仕事の依頼が来たときに『できません』と言うのは、ぼくはいやなんですよ。いろんなものづくりにチャレンジできる会社であり続けたい。人手が減ったとしても、そういう余力を残せるように、今後も機械は積極的に活用していきます」
波佐見の窯元を訪ねると、同じようなロボットアームをちらほらと見かけるようになりました。ただ、どの窯元も新しい機械を取り入れたオペレーションを試行錯誤しているような印象があります。
その点、聖栄陶器では、どの機械もしっかりと生産ラインに組み込んで活用しているのが印象的です。
職人の経験と勘を頼りに受け継がれてきた焼きものの文化を、数値や理論に落とし込みつつ、未来へつないでいく。産地全体がその転換期にあるなかで、機械と人が協働するひとつのモデルケースが、ここから生まれていくのかもしれません。
「うちがちゃんと使いこなせれば、業界内でも今後導入が進んでいくんじゃないのかなと思います。よそのメーカーの方が見学したいという場合は、全然ウェルカムです。そうすることで、波佐見焼の活性化につながるのなら」
100年続く企業を目指すなら
このあとのインタビュー中も、「波佐見焼の活性化」という言葉を何度か繰り返していた木下さん。
その背景にはどんな想いがあるのでしょうか。
「聖栄陶器という会社はもちろんですが、まずは波佐見焼が産業として残るように。この想いが一番にあります。 それって、結果的に我が社が残ることにつながるんじゃないのかなと思うんですよ。要は、波佐見焼や焼きものづくりが好きな方を増やすっていうことですよね」
目の前の目標として、この新工場を年内中には軌道に乗せたい。そこがまずスタートラインであることはたしかです。
ただ、100年続く企業を目指すなら、さらに大きな枠組みで「産地」を考えることが必要だと木下さんは話します。
では、そのためには具体的に何ができるか? 木下さんの答えは、ちょっと意外なものでした。
「小さい喜びを、各ポジションでみんなが大切にする。これが次につながるんじゃないのかなと、ぼくは思ってるんです」
「機械の扱い方がわかって、うれしい。それまでつくれなかった器を形にできてうれしい。動線を工夫して生産効率が上がったら、うれしい。
そういう小さな喜びを噛み締めながら日々の作業に向き合うことで、責任感や手応えが生まれて、人は成長すると思うんです。自分の頭で考えて工夫する人が増えれば、商品の質も上がっていきます」
外に向けて波佐見焼を発信していくだけでなく、まずは現場のつくり手が小さな喜びを味わうことが、波佐見焼という産業を残していく第一歩だと木下さんは考えます。
今後、このエリア一帯を観光地として盛り上げていく構想もあるようです。
「盛介さん(西海陶器の会長)や小林社長(高山の社長)と一緒に、10年計画で動いています。ブッフェレストランの『御堂舎』もオープンしたし、今後も少しずつ整えていきます。ゆくゆくはここと西の原のあいだにシャトルバスを出してね。波佐見でまる一日楽しめるようにしたいなと」
「波佐見焼の活性化。これはぼくの宿命だと思っているんですよね。今は正直、つらいことも多いです。声もこのように枯れています(笑)。
だけど、これからは楽しみですよ。とにかくいい流れにもっていきたいし、物事をなんでもプラス思考で捉えていけば、いずれいい方向にいくんじゃないのかなと思っています」
窯元の移転。それも、これほどの規模の会社の移転はそうそうあることではありません。木下さんだけでなく、聖栄陶器で働くみなさんにとっても、大きな出来事だったはずです。
培ってきた技術や経験は消えませんが、新しい工場でのものづくりは、これからもきっと試行錯誤の連続になります。誰も経験したことのない変化を経て、どんな会社をつくってゆくのか。聖栄陶器の今後を、楽しみに見守りたいと思いました。
光春さん、ありがとうございました!
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