THE HASAMI-YAKI vol.10

THE HASAMI-YAKI vol.10

2022.08.26

「分業制」で生産されている、波佐見焼。町のあちこちに陶土屋、型屋、生地屋、釉薬屋など、焼きものをつくるために必要な工房が点在しています。波佐見焼ってどんなふうにつくられているのでしょうか? vol.10では前回に引き続き、型と土を使って、窯で焼成する前段階のうつわを成形する「生地屋」をクローズアップ。

県外から移住し、生地屋として独立したばかりの土橋咲希さんにお話を伺いました。

土橋咲希(どばし さき)さん。1984年生まれ、埼玉県出身。関東で働いたのち、焼きものに興味を持ち2016年に長崎県波佐見町へ。生地屋の後継者不足のためスタートした職人支援事業に参加後、生地屋で経験を積み、2021年「生地工房土ばし」として独立。

 

関東から移り住み、生地屋で働いたのち独立。

土橋さんは生地の仕事をするために波佐見町へ来て、もうすぐ6年。イチから技術を学び、2021年に独立しました。

「焼きものっておもしろそうだなと生地屋の研修に参加したものの、最初の1年は慣れないことも多いし、『この先も波佐見で働けるかな?』と不安に思ってました。というのも、大量生産でスピード重視の生地屋は自分の性格的にあまり合わなかったんです。でも、少ない数を丁寧につくっている生地屋で働かせてもらうようになって、一気に仕事がおもしろくなりましたね」

生地屋さんとひと言で言っても、つくる量も、つくる形状も、さまざま。時間をかけて手の込んだ生地をつくることに魅力を感じた土橋さんは、研修後も熱心に修行したのち独立しました。

 

【おさらい】生地の成形方法は、4種類。

vol.9では、福田生地屋さんで「機械ろくろ」と「ローラーマシン」での成形を見せていただきました。土橋さんの工房では、「排泥鋳込み(はいでいいこみ)」と「圧力鋳込み(あつりょくいこみ)」について教えていただきます。

 

【排泥鋳込み】ポットや急須などが得意!

型屋さんが制作した型を組み立てて、そこに泥しょう(でいしょう:生地のもとになる)を流し込みます。複雑な形状でもつくることができるのが、特長です。とくに「袋もの」と呼ばれるポットや急須などが得意。みなさんの家にあるポットや急須も、ほとんどがこの成形方法でつくられています。

型の上下がずれないようにゴムで固定し、型を回転させながら泥しょうを注いでいく。

型が水分を吸収し、泥しょうが型に着肉するのを待つ。この型の場合、30分ほど待つよう。泥しょうの水分量、その日の気温などによっても着肉に必要な時間は異なり、職人の勘と技術が必要とされる。

30分経ったら、型を傾け、余分な泥しょうを排出。この作業から「排泥鋳込み」と呼ばれている。しばらくしてから、型から取り出す。

生地を排泥したあと、時間を置いて型から生地を外すところ。(※排泥後もすぐには取り外せないため、違う形状の型の生地を撮影しています)

この排泥鋳込みは「じっくり丁寧なものづくりがしたい」という土橋さんの考えに合った成形方法です。花器などはまた別ですが、ポットや急須はここからさらに仕事があります。

茶こしと、注ぎ口を接着。(茶こしのみ、茶こし屋から仕入れた生地を使用)

取っ手も接着し、筆で生地をなじませる。

取っ手や注ぎ口をつける作業は、繊細です。接着する位置や角度を統一するだけでなく、生地のパーツの乾燥状態まで、気を配らないとなりません。接着するパーツが同じ乾き具合でないと、乾く過程で割れてしまうというのです。さらにパーツがやわらかすぎると変形してしまうし、完全に乾いた状態では微調整がききません。夏はすぐ生地が乾くので、スピード感も大事になります。

生地屋業界全体の高齢化に伴い、こうした細かい作業を請け負う生地屋は少なくなってきているため、依頼も多いそうです。

 

【圧力鋳込み】テンポよく、大量生産ができる!

型をいくつも積み重ね、圧力をかけながら一気に泥しょうを注入する成形方法です。台座部分から泥しょうが流し込まれ、穴が空いてつながっている型のなかにどんどん流し込まれます。同じ泥しょうを使った成形方法の排泥鋳込みと比べると、より大量生産に向いています。

圧力鋳込みをメインで担当しているのは、高藏陽子(たかくら ようこ)さん。土橋さんが参加した生地屋の職人育成プロジェクトの同期です。現在「生地工房土ばし」はふたりで切り盛りしています。

高藏さんは青森県出身。夫の実家が長崎県だったこともあり、家族で波佐見町に移住。子育てをしながら働いている。

圧力鋳込みは、圧力をかけるため型の強度が重要となり、型自体が重い! 持たせてもらって、びっくりしました。かなりの重労働です。

ただ、あっという間に生地ができあがる過程は、見ていて小気味よさがあります。

型を開けていき、泥しょうが流れ込んだ穴部分の跡を指でならして、上から判子で窯名やブランドなどを刻印する。跡を目立たなくする意味もある。

エアコンプレッサーで型と生地のあいだに空気を入れて、型からはがす。プシュッと空気が出て一瞬ではがれる。リズミカルに作業が進む。

高藏さんは、「土橋さんを応援したい」と思い、彼女の独立の際に一緒に働くことを選んだと話してくれました。生地屋の仕事も日々楽しいと語ります。

「土にさわって仕事ができるのは、気持ちいいですね。泥しょうを手でかき混ぜたり、型から取り外したばかりの湿り気のある生地をさわったり。素材にふれてものづくりをするのは、パソコンに向き合うより性に合ってます」

実際に型から外したばかりの生地をさわらせてもらいました。まるで赤ちゃんの肌のよう! しっとりときめ細やかで、ずっと撫でていたくなる質感でした。

 

生地屋の可能性、これからやりたいこと。

波佐見町に来てはじめて生地屋の仕事に就き、独立した土橋さん。どういう部分にやりがいを感じているのでしょうか。

「やっぱり働いたぶんだけ、ちゃんと収入が得られるところ(笑)。独立したので単価交渉やスケジュール組みは自分でしないといけないけど、きちんとつくった数だけ結果が返ってくるのはやりがいになります」

ものづくりに興味がある人には生地屋はおすすめの職業だと、土橋さんは言います。

「うつわのベースとなる形をつくる仕事だから、可能性は大きいと思っています。これまで生地屋さんは主に窯元の下請けとして仕事を受注してきました。オーダーにしっかり応える仕事も楽しいのですが、私はものづくりが好きなので、もっと仕事の幅を広げていきたいです。自分でオリジナルの形の生地をつくりたいんですよ」

自分で型をデザインして生地をつくり、窯元や商社、そして陶芸作家さんにも販売したいのだそう。土橋さん自身、教室に通ってろくろや絵付についても学んでいます。

ろくろを回して生地をつくっている土橋さん。

「完全オリジナルの生地を販売してる生地屋さんも、すでにあるんですよ。ほかにも波佐見町の『ウラベ生地』の3代目、裏邊(うらべ)さん姉妹は、どんどん新しいことをやってます。廃棄される陶磁器片を活用して、新たな資源に変える取り組みをしていて、これまでの生地屋にはない仕事をつくりだしています。私もすごく刺激をもらってますね」

生地屋の可能性は、無限大!

「ものづくりにより積極的に携わる目標を持ちながら、独立したばっかりの私に生地を任せてくれている窯元さんたちに対して、責任ある仕事をきちんとしていきたいです。私の師匠が営んでいる『木村鋳込み』さんは歩留まり100%を目指していて、窯に入れて焼いたら傷が出てしまう生地がとても少ないんです。だから取引先から信頼されて依頼が多くきています。私も師匠を見習って、丁寧な仕事をしていきたいですね」

今後の「生地工房土ばし」の展開が楽しみです。

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この記事を書いた人
Hasami Life 編集部