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ディープなやきもの。Vol.1 ~パット印刷~

by Hasami Life 編集部
ディープなやきもの。Vol.1 ~パット印刷~

特定の世界では常識的なこと、知らなくても困らないけれど知っていたらちょっとツウ(!?)なこと。

窯業界で数多く存在する「ディープなやきもの」情報を何度かに分けてお届けしていきます。

第1回目は『パット印刷』について。波佐見町の生産体制のこと、パット印刷の歴史についてクイズを挟みながらご紹介します。とてもマニアックですが、ぜひ、クイズに挑戦しながら読み進めてみてくださいね。


取材協力:長崎窯業技術センター、株式会社高山



パット印刷の歴史

『パット印刷』を簡単に説明すると、絵が彫ってある版にインクを流し、シリコンパットでやきものに転写して模様をつける技術のこと。このシリコンパット、とてもやわらかくて触ると本当に気持ちいいんです。

印刷するものによって機械の大きさもさまざまで、業界でパット印刷が普及したのは50年ほど前といわれています。

Q1 日本で初めてパット印刷を導入したのはどの地域でしょうか?





A

美濃地区(岐阜市)

美濃地区(岐阜市)は工業用の機械を作る工場が多くあります。窯業界でも機械化が進むのが早かったことや、製品別分業が発展したことから、大量生産に適した環境が充実していました。現在、日本一の生産量を誇っています。美濃地区がパット印刷を導入した約15年後に波佐見町にも技術が参入してきました。

パット印刷は、釉薬や絵の具を器に色づけていく作業ですが、大きく分けて ①原稿をフィルムにする工程、②フィルムを版にする工程、③版の柄をシリコンパットで器に施す工程、 の3つがあります。それぞれがどんなものか、見ていきます。



① 原稿をフィルムにする

まずは原稿(絵柄の図案のこと)をフィルムに写す作業です。 初めにフィルムの技術が入ってきた際、スキャナーなどの機械がなかったため、紙に墨で絵を描いて現像していました。

Q2 さて、紙に墨で絵を描いて現像することを当時はなんと呼んでいたでしょうか?





A

手現像(てげんぞう)

波佐見町では、紙に墨で絵を描いたものをフィルムに焼き付けるために「スクリーントーン」と呼ばれるものを使用していました。今のようにドット化する機械がなかったためドットや網点などが等間隔に配列されたフィルムを原稿に密着させて現像を行っていました。

スクリーントーンを使用し現像したフィルム。

その後、スキャナーが入って次第に明室で現像ができる機械が導入されるようになりましたが、現像液や、定着液を適正温度までを温める必要があるため、すぐ作業ができないという難点もありました。

現在はPCでデータ処理を行い、柄をドット化しその密度によって濃淡を調節しています。これを写真現像の紙に焼き付ける方法と同じような原理でフィルムに焼き付けていきます。

illustratorで作成したデータを確認。

ドット化した柄の濃淡が正確なものかチェック。

チェックしたデータをフィルムに出力する(この機械は熱で焼き付けている)。

出力したフィルム。ルーペで柄の濃度を確認する。

フィルムに出力した後に柄の濃度が間違っていた場合、データを最初から作り直す時間と、新たにフィルムに起こすコストがかかってくるため、データを作る工程は今後の作業を左右する大切な部分です。



② フィルムを版にする

フィルムができた後は、特殊な機械を使ってフィルムの模様を版に移す作業です。

「樹脂版」と呼ばれる版の上に、フィルムを密着させ絵を焼き付けていきます。

Q3 さて、樹脂版の上にフィルムの模様を焼き付けることをなんと呼ぶでしょうか?





A

露光(ろこう)

樹脂がのった板(樹脂版)に絵をドット化したフィルムを重ねて紫外線を当て、樹脂版に絵を焼き付けること(露光)。重ねたものを機械に入れ、上から紫外線(UV)を当てます。この時、光が当たっている部分は固まり、絵になっている黒い部分は、光が当たらず固まりません。また、ドットの密度によって濃淡が変わります。

絵を焼き付けた樹脂版。

長年使われてきた樹脂版ですが、1枚の板で使用できる回数が限られてしまします。また長時間使わないと樹脂が収縮して反ってしまいます。

最近ではこのような問題が解消できる、「ステンレス版」で一部の商品を生産する窯元もあります。ステンレス版はフィルムを2枚使用します。版を絵と外枠が描かれたフィルムと、外枠が描かれたフィルムで挟み込むのです。

Q4 さて、ステンレス版に絵をつける工程をなんと呼ぶでしょうか?





A

エッチング

ステンレス(金属)を腐食させることを「エッチング」と言います。絵が描いてあるフィルムを上に、枠のみが描いてあるフィルムを下にし、上下から特殊な機械を使ってステンレス版をサンドします。機械に入れて、特殊な薬液をかけて光を当てると絵と線が描いてある黒い部分が腐食します。これは樹脂版と同じで、光が当たっている部分は固まり強くなりますが、当てていない部分が固まらずドットの密度によって濃淡が決まります。

ステンレスは樹脂版のように収縮して反ることはありません。また、樹脂版よりも10倍以上使用することが可能で、波佐見町の生産現場では、版を作り替える頻度が圧倒的に少ないです。しかしコスト面に関しても樹脂版の10倍かかります。



③ 版の柄をシリコンで器に施す

版が出来たら、器の大きさに合わせたシリコンパットで柄を打つ作業に入ります。

シリコンパットは器の形に沿ってシリコンが、伸びていくことにより、茶碗用、皿用、湯のみ用などのさまざまな器に柄をつけることができます。器にあったシリコンの硬さや、形状を日々探り探り試しています。

Q5 パット印刷で使用される絵の具は主に「水性」、「油性」がありますが、パット印刷の下絵で使用される絵の具はどちらでしょうか?





A

水性

一般的に使用されている窯業用の絵の具は、基本的に水性。私たちが普段使っているパソコンや、腕時計、カメラなど工業用で使用される絵の具はすべて油性のものです。

印刷作業の初めには、色の濃さや、柄が一定の場所に入っているかなどの微調整を繰り返してから、シリコンパットで器に柄を打っていきます。

ボウルの内側へ柄をつける。

器の外側へ柄をつける。

一度の印刷で柄の濃淡が出ている。

同時に2色の柄を印刷できるものもある(2色パット)。

シリコンパッドの性質上、油性分が染み出てしまいます。シリコンパットは水性の絵の具を弾いてしまうので絵の具を調整して器に絵の具が載るように工夫しています。

また、「撥水パット」と呼ばれる油性の絵の具を使った印刷の方法もあります。

ピンク色の油性の絵の具をつける。

釉薬をかけた時、油性の絵の具をつけた部分は釉薬を弾く。

白い部分は釉薬がかかっているが、ピンク色の油性の絵の具の部分はかかっていない。

波佐見町では年々絵付ができる職人の数が減少しています。また、機械を駆使し、生み出す焼物も波佐見焼の量産には必要な技術。機械化が進んでも、細かな調節や、メンテナンスは人の手で行われているので、パット印刷もある種、手仕事と同じくらいの量力がかかっています。版や絵の具、シリコンの性質を熟知した上で、機械や器の特性を把握し、データを作っていく作業は長年の経験や知識がなければわかりません。

上から打つだけでなく、回して打つタイプもあります。

また、1つの柄を器につけていくには絵柄を打つ機械の準備も重要です。パットの種類や固さを選び、機械の特性によってパットをセットする機械を選びます。そして、絵の具の濃さの調整や、へらの高さ、スライドのスピードの調整。器を抑える時間の調整などを行ってから柄を打っていきます。 新人だとこの作業を30分以上かけて行いますが、ベテランは10~15分の程度で行います。長年の経験と、知識によって版の柄を出せるのはこうした職人技があってこそできる事なのです。


「ディープなやきもの」、次回もお楽しみに!

Hasami Life 編集部
この記事を書いた人
Hasami Life 編集部