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【あのひとに贈るなら】おとぎ話のゴブレット

by 中前 結花
【あのひとに贈るなら】おとぎ話のゴブレット

あのひとへ、心のこもった贈り物を。
何がいいだろう? 喜んでくれるかな?
わくわくと、少しの不安を胸に贈り物を選ぶ。

その時間は、きっととても愛おしいものになるはず。

今回は、いつからか波佐見焼に魅了され、先日はじめて波佐見町に訪れたというエッセイストの中前結花さんに「贈りたいあのひと」をテーマにしたエッセイを綴ってもらいました。

読みものメディア『minneとものづくりと』の編集長もつとめる中前さん。手づくりのものを愛する彼女が、集めているもののひとつが焼きもの。心惹かれる器を買っていたら「あれもこれも波佐見焼だった」と気づいたのだそう。自分の好きな波佐見焼の中から、きっと似合うはずとあれこれ考えて選んだものを、大切なひとへ贈る。そこに込められたストーリーをどうぞ。

 

中前結花(なかまえ ゆか)
エッセイスト・ライター。兵庫県生まれ。現在は、読みものメディア『minneとものづくりと』の編集長と、『ほぼ日刊イトイ新聞』『DRESS』ほか多数の媒体でエッセイの執筆や、ブランドのボディコピーなどを担当。ものづくりの手間暇と、蚤の市と本を買うこと、コーヒーが好き。twitterはこちら

 

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「波佐見焼」には、いつもうっとりとさせられてしまう。
さらりとさりげなくて、それでいてしっとり、しっくり、手に馴染むような味わい。
夢にまで見た、やきものの町「波佐見町」にはじめて訪れたわたしの両手は、すぐに紙袋でいっぱいになってしまった。

けれど、あれこれと心惹かれるものをずいぶんとたくさん買い込んだはずなのに、いざ持ち帰ってずらりと並べてみると、正直なところ、わたしは少しがっくりとしてしまった。

どれもこれもお土産や贈り物ばかりで、わたしの手元に残ったのは、ほんの3つだけだったからだ。

はて、なぜこんなことになってしまったんだろうか。

思えば、旅先のわたしはいつもそうだった。特に「やきもの」を見ると、まぶたの裏では、
「あの人にお似合いだなあ」
「あの人なら、上手に使いこなすのだろうなあ」
だなんて、つい自分とは違う誰かの顔を思い浮かべてしまうのだ。

わたしは、大切な人には丁寧に作られたやきものを贈るのが好きだった。

 

ロイヤルゴールドの「king mug

king mug」という名前がいかにも似合う、優雅なフォルムのマグ。
色味は「ロイヤルゴールド」といって、どっしりとした存在感と釉薬のムラが大人っぽくて、なんだか惚れ惚れとしてしまう。

わたしには、この「絵本に出てくるお城の器」を思わせるようなゴブレットを、どうしても贈りたい人がいた。

出会ったのは、もう10年も前になる。

 

近くの憧れ

親もとを離れ、恐る恐る兵庫県の山奥からわたしは上京してきた。
「毎日電話すればええやないの」
とあっけらかんと笑ってくれる母と、それからもうひとり。
就職先で人事の担当をしてくれていた女性だけが心の支えだった。

真っ白な肌と、微笑むと線になって見えなくなってしまう、真っ黒でまあるい瞳。
小柄だけど華やかで、夏にも秋にもワンピースがよく似合った。
入社を決めたときからは、その人から届くメールがいつも待ち遠しかった。
過不足なく丁寧に整えられた文章と、さりげない心遣い。
そして、その端々に女性らしいやわらかさと、「これからもっと親しくなれる」そんな甘い予感を与えてくれるような、みずみずしさがあった。
「好きだなあ」という気持ちが、ごく自然と湧いてくる。

程なくして、その女性の苗字は変わることになる。
56歳年上の身近なお姉さんの結婚に、わたしたちは色めき立った。
「新卒のときの同期なのよ」
と、あの、ほどけそうになるやさしい笑顔で、お相手についてもこっそりと教えてくれた。
こんな、お姫さまのような人を射止める男性はどんな人だろうか、と内心とてもうらやましくて、なんだかそれが自分でも可笑しかった。
「旦那さんのこと、やっぱりこの人だなあって気づいたんですか」
「そうだねえ、ゆかちゃんも、わかる日がくるよ(笑)」
唐突に尋ねてみたけれど、そう答える笑顔は穏やかで幸せそうで、
伏し目がちにお茶を飲む横顔を盗み見て、まつ毛が長くてかわいいなあ、とわたしは見惚れて、ますますその人が好きになった。

 

『恋人がサンタクロース』

あれから、いくつもいくつも季節は流れて、互いに、出会った会社からは離れてしまったけれど、「相談があって」と何かとかこつけては、年に1度は食事を続ける仲が続いた。

会うといつもパッと、まあるい花が咲くみたいに、ちっとも変わらない笑顔で、
「ゆかちゃん」とやさしく手を振ってくれる。
もちろん、本当にあれこれと相談したいこともあったけれど、
数年前に亡くした母がよく聞いていた「ユーミン」のアルバムが、マッチをこするように、会いたい想いに火をつけることが多かったように思う。

そのアルバムには、あの『恋人がサンタクロース』が入っていた。

物語のようなその曲のあらすじは、こうだ。

昔、「今夜、サンタクロースが迎えにくるのよ」と話す近所のおしゃれなお姉さんに、無邪気な主人公の少女は、「ちがうよ、それは絵本の中のお話でしょ?」と否定してしまう。

そんな少女にウィンクをしながら、「大人になればそのうちにわかるわよ」とお姉さんは返すのだ。

そして季節は巡り、今でもそのお姉さんのことを思い出すのだけど、彼女は、ある冬サンタが遠い街に連れていったきり、だと。

 

わたしは、この曲がとびきり好きだった。
どこか、この「お姉さん」にいつも彼女を重ねていたのだと思う。
なんでもお見通しの、魅惑的な東京ではじめて出会った大人の女性。
いつでもわたしは会いたかったけれど、冬には一層会いたくなってしまうのだ。

そして。

幾度かさらに季節はめぐって、サンタクロースは、本当に彼女を少し遠い街へと連れて行ってしまった。
と言っても、それはもちろん彼女も望んでいたことで、そう簡単には会えない雪の綺麗な街に家族で越してしまったのだ。

もちろんさみしくもあったけれど、会えない距離ではないし、
何より、あんな素敵な街で毎日を暮らす、そんな彼女にうっとりとして、
やっぱり、絵本のお姫さまのようで、あの曲の「お姉さん」なのだとわたしは思った。 

その街で、さらにもうすぐ新居を構えるそうで、勝手わたしはなんだか現実とは不釣り合いの「お城」ような建物を想像していた。
「器とかも揃え直したいしね」と話してくれるから、わたしは「波佐見焼がいいですよ。真っ白の。きっと似合うから」
と雪のように白い彼女の肌にぴったりな、さらりとした器の写真をたくさん送る。
そのたびに「どうしてわかるの?」「こういうの探してたんだ」と、お姉さんはとても喜んでくれた。

 

あの日の少女は

けれども、主人公の少女の暮らしは、あの頃思い描いていたものとは、ほんの少し違っていた。

仕事に終われ、押しつぶされ、いつからだったろうか、わたしは食事さえろくに取らなくなっていた。
涙だけこぼれないように、なんとか上を向いて早足で歩き、ギリギリのところで自宅にたどり着いた日があった。
バタリとドアを閉めた途端、わっと涙が止まらなくなり、抱えたタイツの両膝が涙でぐしょぐしょになる。
「どうしてこんなに、わたしはみっともなくて、役に立たないのだろうか」
玄関でへたり込んで、そのまま動けなくなってしまったとき、ポケットで携帯電話が震えて、手に取るとそれは「お姉さん」からのメッセージだった。

いつもそうだ。「お見通し」のようなタイミングで連絡がくる。
SNSの投稿見たよ。波佐見町行けたんだね、素敵だね。よかったね」
いつも通りの、やさしい小さなお手紙みたいな一文だった。

それなのに、わたしは思わず、
「体中の全部の電池がちょっと切れてしまって。もう、どこかに行ってしまいたいんです」
と返してしまう。
するとすぐに画面は「着信」に変わって、悩んだけれど、わたしは「通話」を選んだ。

「もうどうしたの(笑)」

わかっているのに、一瞬、もう二度と聞くことのない母の声かとわたしは錯覚してしまいそうになる。
けっして深刻ぶらずに、包み込むように「ふふふ」とやさしい声で、ゆっくりと返事を待ってくれる。
「わたしには、仕事しか、できることがなくてだけど、きっとそれさえ、勘違いで。わたしは、ずっと、なにをしてるんだろうって
ひとつひとつ、言葉を拾いながら、なんとか伝えていくと、その人は少し黙ったあと、もっと言葉を選びながら、
「仕事しかできないなんて、そんなひどいこと、誰がゆかちゃんに思わせちゃったんだろう。悲しいね」
と本当に悲しそうに言った。

その人は10年以上もの間、「ゆかちゃんは、なんだってできる人だよ」とずっとずっと伝え続けてくれていた。
入社してすぐにもらった手紙には、「ゆかちゃんらしくね。なんでもできる人だから」と書かれていて、そのコットンのようなやさしい便箋に触れたときのあの気持ちを、わたしは今も忘れない。
未来はどんなふうに広がっているのかもちっともわからないけれど、なんだかどんなことも、願えば、努力をすれば、すべてが叶う気がしていた。
あの頃のわたしが、今日のわたしを見たら、どんなに驚き、がっかりするだろうか。

「一緒に考えよ」
それでも、その人はとてもやさしく答えてくれた。

そして次の日、「ねえ、軽井沢に来ない?」と提案をしてくれる。
「どうやったら力になれるだろうって夫婦で考えてみたんだけど、新しい家、ひと部屋空いてるの。ここで仕事したっていいし、わたしが手伝ってあげられることがあるかもしれない。ひとりで抱えこむより、うんと良いと思うし、ここで休んでもいいんだよ」
と言ってくれた。

わたしには、こんなふうにやさしくしてくれる人がいるんだ、と思うだけで、いくらか心強く思えたし、何より「ああ、やっぱりこの人のサンタクロースは、すごくいい人なんだなあ」と思うと、なんだかそれがすごくすごく嬉しかった。

 

おとぎ話のゴブレット

そして、わたしはしばらく療養の休暇をもらい、お言葉に甘えて軽井沢まで訪ね、すこし休ませてもらうこととなった。

本当は、彼女に似合う真っ白な波佐見焼の器セットを引越しのお祝いにと考えていたのだけれど、やかて考えは変わることになる。

夫婦を想ううち、「まさに王様の持ち物」のような見た目ながら、触れるとほっとやさしくて、ほっこりとした手馴染みの「ゴブレット」をワインと一緒に用意して、扉を叩いてみるのはどうだろうか、と想像するようになったのだ。

日常使いにもぴったりの波佐見焼だけれど、特別な日にそっとふたりがお祝いできるような。そんな「特別なふたりのため」のものを贈りたいと思うようになっていた。

真っ白な器の写真ばかりを送っていたけれど、波佐見焼にもたくさんの種類があって、特別なお姫さまには、「こんな器も似合うんだよ」ということも教えてあげたい。

それからもうひとつ。実はわたしは色違いのゴブレットを買っていた。
「はじめまして」と、3人で話すのだって、実はすごくすごくたのしみにしているのだ。
彼女の素敵なサンタクロースは、いったいどんな人だろうか。

クリスマスは少し過ぎてしまってけれど。
雪のお城は、もう、すぐそこだ。

king mugessence of life

https://hasamilife.com/collections/mag_saucer/products/hl_eol_ki_mug

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中前 結花
エッセイスト・ライター。兵庫県生まれ。現在は、読みものメディア『minneとものづくりと』の編集長と、『ほぼ日刊イトイ新聞』『DRESS』ほか多数の媒体でエッセイの執筆や、ブランドのボディコピーなどを担当。ものづくりの手間暇と、蚤の市と本を買うこと、コーヒーが好き。twitterはこちら