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漫画『青の花 器の森』小玉ユキ先生インタビュー【後編】波佐見焼と、青い絵付に惹かれて

by Hasami Life 編集部(くりた)
漫画『青の花 器の森』小玉ユキ先生インタビュー【後編】波佐見焼と、青い絵付に惹かれて

2022年に完結した、人気漫画『青の花 器の森』。完結した今だからこそ聞ける創作エピソードの数々を小玉ユキ先生と担当編集者の近藤恵実子さん、友巻千裕さんに伺いました。

後編では、小玉ユキ先生いわく「波長が合う」という焼きものの産地・波佐見町のこと、作中に登場するうつわのデザインの話など、波佐見焼の話を中心にじっくりと語っていただいています。

(前編はこちら

 

小玉ユキ先生
9月26日長崎県生まれ。2000年デビュー。2007年~2022年に「月刊flowers」(小学館)にて連載した『坂道のアポロン』で第57回小学館漫画賞一般向け部門を受賞。ほかの作品に『青の花 器の森』『月影ベイベ』などがある。
「月刊flowers」2022年10月号より、青春ファンタジー『狼の娘』を連載中。待望のコミックス1巻は2023年3月9日に発売予定。

**************

焼きものの工程を描くことで、町の雰囲気まで描く。

――:
波佐見町に実在するスポットがいくつも出てくるだけでなく、実際の焼きものづくりも、ものすごくリアルに描かれていますよね。たとえば、主人公の青子(あおこ)が小さな一輪挿しにシャーっとすじを引くときには、下に筒状の素焼きを置いて安定させて……というところまで、非常に細かく再現されていて。「ここはちょっと現場とは違うよね」みたいな違和感がまったくないです。

一輪挿しに絵付をする青子の手つきがとてもリアル。

小玉:
ほんとうですか? よかった〜。

近藤:
実際に波佐見町で焼きものに携わっている方にそう言ってもらえると、うれしいですね。

友巻:
取材協力してくださった窯元、「光春窯」さんや「studio wani」さんたちのおかげです。

小玉:
現地のみなさまに、たくさんご協力いただきました。「この作業ってどうやるんですか?」と連絡したら、実際に絵付をしている動画を送ってくださって、それを見て描くこともありました。ほんとうにありがたかったです。

――:
波佐見焼は、分業制でさまざまな職人が携わってつくられています。そうした部分を丁寧に描いてくださったのは、物語にリアリティをもたせるためでしょうか?

小玉:
それもありますが、一般の人からすると、分業制を描かないと「この町の感じ」がわからないだろうなと思ったんです。ひとりの陶芸家がイチから粘土こねて絵付して釉薬かけて……みたいに制作するのであれば、想像しやすいですよね。でも波佐見町ではいろんな人が携わって、バトンを渡すみたいにみんなが協力してうつわをつくる。そういうふうにものづくりをしている町の雰囲気を描きたかったんです。波佐見町の分業制が気に入って描きはじめた部分もあったので。

生地屋を見学して、龍生に生地のつくり方を説明する青子。石膏型の上下のあいだにエアコンプレッサーで空気を入れて生地を取り出す細かい部分までしっかり描かれている。

生地を流し込むための石膏型をつくる型屋にも見学へ。漫画を読むと波佐見焼のつくり方が楽しくわかる!

――:
町そのものが、大きなひとつの工房みたいですよね。私も波佐見町に住むまで、分業制について知りませんでした。

小玉:
よくある陶芸家のイメージとは、まったく違いますよね。自分の作品に納得いかなくて、バーン! と投げて壊す、みたいなことは起きないじゃないですか(笑)。実際の波佐見焼は、みんなで力を合わせていっぱいつくっていて、そのぶん手軽な価格にしている。私はそういうところも好きなんですよね。

友巻:
小玉先生の思いって、青子の軸になってるような気がします。

小玉:
ああ、そうですね。青子には「みんなでものづくりをする一部になりたい」みたいなところがあって、その気持ちはすごくわかるなって思って描いていました。物語が進むにつれて、龍生(たつき)の影響を受けて自分のオリジナリティも模索していく、という話にできたと思います。

――:
細やかな取材があって、そこに小玉先生の思いも込められているんですね。

小玉:
あのですね、取材でひとつ悔やんでいることがありまして。光春窯の社長が、粘土を作る工場にも連れていってくれたんですけど、漫画のなかで描けなかったんです。すみませんでした……!

近藤:
物語のどこで、どの工程を描くか、小玉先生はとても気を配られてました、ほんとうに。

 

波佐見は、まるで第二の実家。

――:
取材で波佐見町を訪れたなかで、印象に残っていることはありますか?

小玉:
なんでしょう……みなさん、やさしいですね。行くと「帰ってきたね」みたいな感じで、すごく迎え入れてくれるというか、ほんとうに家族同然に扱ってくれるので、行くたびにニコニコになっちゃうんです。

友巻:
それは物語のなかで、龍生が経験してますよね。よそから来て、波佐見町の人たちに家族みたいに迎え入れてもらうっていう。

小玉:
そうそう。

近藤:
以前、光春窯の社長さんに仕事のお願いでお電話したときも「わかった、ユキちゃんに送っとくよ!」って親しく言ってくださいました。

小玉:
「私、この家の娘かな?」みたいな(笑)。第二の実家みたいになってきてるので、すごくありがたいですね。

――:
町の方々のあたたかさは、いつも波佐見で取材をしている私たち「Hasami Life」編集部も感じています。

小玉:
波佐見の人って、みんなしっかり協力し合うのに、すごく自由で、いい意味でバラバラですよね(笑)。つくっているものも、「波佐見焼らしいうつわってなんだろう?」って考えるとわからなくなるくらいの多様性があります。でもみんなでやらなきゃいけないことがあったら一致団結して行動する部分もあって、すごく有機的な感じというか。

――:
はい、とても的確に波佐見のことを言い表してくださってると思います。

小玉:
みなさん、新しいことに挑戦する人がいたら「頑張れよ」って見守って受け入れる力もあって、共同体としていいですよね。そういう目線でも波佐見町を見ています。なかなかこんなバランスの取れた町はないんじゃないかっていうぐらい、素敵な町だなと思います。私自身の波長と合う感じがするんですよ。

 

作中のうつわがリアルに販売も! 考え抜かれたデザイン。

――:
小玉先生自身も、ろくろや絵付を経験されているそうですね。

小玉:
漫画を描くって決めてから取材を兼ねて、ちょっとだけ習いました。そんな大したことはしてないのですが、基本的なことだけでも自分で体験しておきたかったんです。ろくろってどうやって回すのかとか、立体物にどうやって絵付をするのかとか。やっぱり難しくて、「職人さんたちはすごいなあ」と思いながら描いてました。

小玉先生も体験された絵付は、『青の花 器の森』の取材協力先である「studio wani」さんの現場ではこんなふうに行われている。絵付のあと、釉薬をかけて焼くことで光沢のあるうつわに仕上がる。(窯元探訪【studio wani】 恐竜シリーズ、漫画の一輪挿し。夫婦ふたりの手仕事。

――:確かに、素焼きのうつわの生地に絵付をするのは、紙に描くのとはまったく違いますよね。

小玉:
生地がざらっとしているから筆が引っかかるし、ほんとうに難しい! そういう難しさを知れたのはよかったです。あと、ろくろではないんですが、漫画に出てきたうつわを3Dプリンターを使って成形しました。お皿はちょっと大きすぎてダメだったんですけど、作中に出てくるマグカップや、お菓子を入れるボンボニエールはつくりました。実際に手に持ったときのシルエットとかをアシスタントさんにも伝えなきゃいけなかったので。言葉では伝わらないじゃないですか。

波佐見町内で見上げた木々の葉から、マグカップの絵付のデザインを思いつく瞬間の青子。

実際に3Dプリンターでつくったというマグカップの写真を、小玉先生にお借りしました。

――:
そうですよね、たとえばマグカップの胴から底にかけて少しすぼまってる感じは、口頭で伝えて描くのは難しいですよね。

小玉:
そう、マグカップは作中で龍生があまりにもこだわって制作するので、持ち手の部分のかたちを何度も改良しているんですけど、それも全部のパターンを3Dプリンターでつくりました(笑)。入れ子にした鉢も、つくってみないと重ねたときの感じがわからないから。

――:
入れ子鉢は、高台のデザインも途中で改良されてましたよね。さらにスタイリッシュになって素敵だなと思いました。

小玉:
そうなんです! 元のデザインだと、ちょっと高台が引っかかっちゃいそうだから。つるっとしたシルエットのほうが、おしゃれだし収まりがいい。もう途中から「私、漫画家じゃなくてうつわのデザイナーかな?」って思うくらい、うつわのデザインも頑張りました(笑)。

青子と龍生の共同開発の鉢は、青子の発案により入れ子にすることになったことで、デザインも変化。ろくろ師である龍生は、どんどん試行錯誤を重ねてうつわのシルエットを洗練させていく。

こちらは3Dプリンターでつくった入れ子鉢。こちらの写真も小玉先生にお借りしています。

――:
小玉先生がそれだけリアルに突き詰めてうつわのデザインをされたからこそ、漫画に登場するうつわの一部が販売されることになったのだろうと思います。実際に考案したうつわが商品になって、どう思われましたか?

小玉:
すごくうれしいですよ。自分が考えたうつわが、実物としてちゃんとできあがって、誰かのもとに届くっていうのは。雨粒皿を購入した方々が、漫画と同じようにお皿にカルボナーラを盛り付けた写真をSNSに載せてくださったのを見たときは、ほんとうにすごいなあって思いました。

2022年に受注限定販売された雨粒皿。漫画に出てくる青子と龍生が働いていた窯のモデルになった「光春窯」さんで制作! 柄の元版は小玉ユキ先生が描いたもの。(写真撮影:AKフォト 赤坂光雄)

――:
『青の花 器の森』を読んで波佐見を知って観光に来てくださる方もいます。私たち「Hasami Life」でも、聖地巡礼の記事 をつくらせていただきましたが、実際に記事を読みながら町をまわってくださる方もいました。こうした現象を小玉さんはどういう風に感じてますか?

小玉:
いやあ、うれしいですね。どんどん波佐見町に行ってほしいです(笑)。そして、波佐見焼をいっぱい買ってほしい(笑)。

――:
ありがとうございます(笑)。

 

小玉先生が思う、絵付されたうつわの魅力

――:
『青の花 器の森』には、絵付されたうつわがたくさん登場します。私自身は、波佐見町に住むまでは無地のうつわを選びがちでした。漫画でも龍生くんは波佐見に来た当初、自分がろくろを引いた生地に絵付されるのを拒んでいましたよね。

1巻のまだ距離が縮まる前のふたり。絵付をしないうつわを好む龍生と、一生懸命に絵柄を考えている青子。物語が進むにつれてやわらかくなる龍生の表情も、作品の魅力。

小玉:
そうですね。

――:
ただ、やっぱり波佐見町で焼きものについて学ぶうちに、絵付されたうつわもすごくいいなと思うようになって。今では、絵付したうつわを愛する青子に似た気持ちがあります。小玉先生は、青子という絵付師の主人公を描いていますが、どう考えていらっしゃいますか。

小玉:
私も青子と同じ気持ちですね。無地のうつわも好きなんですけど、柄のよさは知れば知るほどいいです。よく考えられてる柄っていうのは、見ているだけで楽しくなっちゃう。あと、やっぱり青い「呉須(ごす)」の絵具で描かれたうつわは美しいです。一色なのに、濃淡や筆使いでこんなに豊かな表現ができるんだと驚きます。うまく言葉にできないくらい呉須には惹きつけられるものがあります。

――:
ほんとうに呉須って不思議ですよね。なかなか食べ物にはない青色だから、うつわにのせる料理が引き立つし、うつわ単体で見ても美しさがあって。

小玉:
ええ、ほんとうに。なので、単行本の表紙もすべて呉須のイメージで統一して、デザイナーさんには焼きものっぽく見えるようにお願いして制作していただきました。

――:
それから、漫画のなかの青子の「絵付をすることで、食卓に身近な自然を持ってきたい」という考え方が素敵だなと思いました。

小玉:
あれもまあ、私自身の気持ちです。このシーンのように、取材とは関係なく自分の考え方を描くときもあるのですが、そういう場合は「波佐見で絵付をしている人は、こんなふうに思うかな? 大丈夫だろうか?」って悩むんですよね。いろいろな考え方のひとつとして、受け入れてもらえたらいいなと思って描きました。

――:
波佐見町は山に囲まれて自然が豊かなところなので、その美しい自然がうつわに描かれて、日本中のみならず世界中に届けられている。そう思うと、焼きものにかかわる人間として、すごくうれしくなるシーンのひとつでした。

小玉:
よかったです。私としてはそういうふうに、青子に近い好みのものも含めて、うつわをたくさん集めているんですけど、読者のみなさんにも素敵なうつわと出会ってもらえたらいいなと思います。

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小玉ユキ先生、近藤恵実子さん、友巻千裕さん、ありがとうございました!

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小玉ユキ先生の最新作『狼の娘』は下記より第1話の試し読みができます
https://flowers.shogakukan.co.jp/work/8003/

漫画『青の花 器の森』は全10巻、発売中です!
https://shogakukan-comic.jp/book-series?cd=47409

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Hasami Life 編集部(くりた)
この記事を書いた人
Hasami Life 編集部(くりた)
Hasami Life 編集部のライター・編集者。2020年に波佐見町に移り住み、漫画『青の花 器の森』を読んで聖地巡礼をしながら暮らす日々。波佐見で職人たちへの取材を重ね、個人的に絵付教室にも通いうつわ愛を深めてきました。この特集を最後に拠点を移し Hasami Life 編集部を離れますが、波佐見焼やつくり手の町のみなさんのことがずっと大好きです。